211日 午前0

 

Don’t be late!

 

 

 2月10日の深夜。

 テレビを見ていると、玄関の呼び鈴が鳴りました。

「こんな遅くに誰でしょうね」

 非常識な、と思う反面、何か弔事でもあったのかと不安になりながら引き戸を開くと、目の前に真っ赤な薔薇が突き出されました。

「えーとだな、たまたま通りかかったから寄ったんだ」

 アクアスキュータムのコートを着こなしたイギリスさんでした。お約束の台詞と定番の赤面に、私はふと翌日が何の日だか思い出しました。

「こんな夜中に?」

「たまたまだよ、偶然、呑んでいたら歌舞伎町に迷い込んで、財布を落としたから金でも借りようと思って」

 矛盾する言い訳が可愛らしくて、私はついつい意地悪をしそうになります。

「おや、それだと私の家を目指してここまで来たことになりますね。

 確か偶然通りかかっただけなのでは?」

「えーとだな、たまたまだ、誰かに金を借りようと思ったら、たまたまお前の家の近くを通りかかったんだ。あ、いや、そうじゃなくて、」

 イギリスさんはちらり、と青のブルガリに目を落としました。

 

 針が刺すのは115950秒。

 

「と、とにかくだな」

「日本、誕生日おめでとう!」

 どしん、という効果音とともに、私の背を衝撃が襲いました。

「おめでとうって言うの、俺が一番乗りなんだぞ」

 背中越しに抱きついてきたのは、居間で一緒に深夜アニメを見ていたアメリカさんでした。調子はずれのバースデーソングが流れる中、イギリスさんの緑の目に見る見るうちに涙が溜まっていきます。

 

「あ、アメリカの馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!俺が一番先に言うつもりだったのに!

日本の浮気者!俺以外の男を泊めやがって、ばかぁ!」

「えーと、君、今年で一万年と二千何歳だっけ?

君の子供の頃にはまだトリケラトプスを車の代わりにしてたんだよね」

「日本の馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!

いつもいつも隙だらけで俺以外の人間に優しくしやがって!

アメリカとエロ同人誌の再現してたんだろ!

やっぱ、大人しく俺に監禁されろ!俺のことだけ考えろ」

「氷河期ってどのくらい寒かったんだい?

やっぱり、寒いより暖かいほうが俺は好きだぞ。

そうだ、温泉に連れてってよ、日本。

もちろん君のおごりでね」

「ほら、丈夫な銀の鎖と赤くて可愛い首輪はもう用意してあるぞ。

だから安心して嫁にこい!」

 

 ああ、やかましい。

 

 近所から苦情が飛び出す前に、私は若輩者どもを家に取り込み、玄関のたたきに正座させました。石造りのたたきは冷たいでしょうけれど、二人とも神妙に口元を引き締めています。

「年齢を訊いてすみませんでした」

「やらしい妄想してすみませんでした」

小さな反省の言葉はトンチンカンで、決して満足のいくものではありません。いつもならば2時間の説教コースへ進むところです。

しかし、今日は15分程度で勘弁してあげました。

「お二人とも、誕生日を祝ってくださってありがとうございます」

夏の太陽のような明るい金髪と蜂蜜のような濃い金髪を交互に撫でれば、お二人の顔に広がる笑顔。

「友達だから当然なんだぞ!」

 大空の青は、晴れ晴れと素直な笑顔に煌きます。

「べ、別に、おめでとうというくらい、どうってことねぇよ」

大地の緑は照れ笑いの横顔に。ちらちらとこちらを窺っては、しどろもどろに言葉を紡ぐ。

 似ているようで似ていない、でもそっくりなご兄弟。

 

 私の友達。

私の恋人。

私の大切な二人。

 

「イギリスさんの淹れてくださる紅茶を飲んで、アメリカさんが持ってきたクリスピークリームのドーナツを食べて、お誕生会をして下さいませんか?」

私の提案に金色のご兄弟は大きくうなずきました。

幸せな誕生日はまだ23時間と45分も残されています。

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