シー君とラトビアの誕生日
「シー君ですよ!」 今日も不況に頭を抱えているラトビアの家に、いつものように予告もなくシーランドがやってきた。 「シー君、いらっしゃい。悪いんだけど、今日は忙しいから、お菓子食べたら帰ってね」 ラトビアはややひきつった笑いを浮かべ、棚の菓子皿を出した。書斎には要処理案件が山ほど待っている。いつもならばシーランドの突然の訪問もそれなりに嬉しく思い、ゆっくりと話すのだが、今日はそんなわけにはいかない。 だが、そんな空気を読むのか読まないのか、シーランドは菓子に手を伸ばしつつも、ソファーにどっかりと腰をおろした。 「どうしたですか?シンキクサイ顔してやがるですねー。シー君とお話しして元気になるですよ!」 「最近、仕事が忙しくて…。内職もドジしてクビになったから、また新しい内職探さないといけないし・・・」 「お金がないですか?じゃあ、シー君家で釣りをして暮らすですよ!」 「それで生活できるなら、どんなに人生楽なんだろう…」 「心配しやがるなですよ。爵位を売ればいいんですよ。元手なしに大儲けウハウハ!。 ラトビアには特別にノウハウを教えてやらないこともないですよ」 「いらないよ、シー君」 ラトビアはあきらめてシーランドの横に腰をおろした。菓子皿はもう空っぽだ。 「で、今日は何をして遊ぶ?」 「今日はただ遊びにきたわけじゃないですよ!」 抱えていたリュックから赤いリボンで飾られた包みを取り出し、シーランドは胸をそらした。 「誕生日おめでとうですよ!」 「ありがとう…」 そういえば、今日は誕生日だ。日常の諸問題に追われてすっかり忘れていた。 この日を祝ってくれる者もいつの間にかいなくなり、それを悲しむこともなくなってもう何年になるだろう。シーランドが来なければ、今日は単に昨日と明日の間の日のままで終わっていたはずだ。 数日ぶりにラトビアは明るい声をあげた。 「あけていい?」 「さっさとあけやがるですよ!」 包装紙を丁寧に外すと、中からは小さなゲーム機が入っていた。 たしか、会議場で日本がいじっている姿を目にしたことが何度かある。一回は実際に触らせてもらったこともあった・・・。日本が遊び方を説明しようとしたら、ロシアに呼ばれてしまい、それきりになってしまったけれど。 「これって、日本さんがよく遊んでいるゲーム?」 「そうですよー。日本と選んだですよ。 嬉しいですか?」 「ありがとう!とっても嬉しいよ!欲しかったんだ!」 本当はもうゲームに夢中になる年齢でもないけれど。それでも、ラトビアにとって、このゲーム機は大事な宝物になった。 「ラトビアが喜びやがって嬉しくないこともないですよー」 照れたシーランドはクッションに顔を埋め、モグモグとつぶやいた。 プレゼントのゲームで早速遊び、おしゃべりに興じているうちにもうすっかり日が落ちてしまった。 「そろそろ家に帰らないといけないんじゃない?シーランド君」 「いやですよー。まだ遊びたいですよー」 いつものように帰宅を促すラトビアに、いつものようにシーランドは駄々をこねた。 「このまま泊まりたいですよー。徹夜で遊ぶですー」 「じゃあ、スウェーデンさんかイギリスさんに電話して聞いてみるね。今日はどっちの家にいるの?」 「眉毛ん家なんて電話することないですよ」 紆余曲折の果てに、シーランドは兄と養父の家を往復するようになった。ラトビアは今月のシーランドの保護者のもとに電話する。 「こんにちは、イギリスさん」 『こんにちは、ラトビアさん』 電話に出たのは、やわらかで礼儀正しい声。ラトビアにも敬称をつけて話すのは、東洋の島国だ。 紆余曲折の果てに、彼もまた大陸の東端にある自宅と西端にある島国を往復するようになっていた。 『お誕生日おめでとうございます』 優しく、丁寧に電話口の主は祝ってから、館の主人が体調を崩し、寝込んでいる旨を告げる。ラトビアがシーランドの様子を話すと、彼はラトビアの仕事を気にしながらも、シーランドの宿泊を快諾する。受話器に耳を近づけ、会話を聞いていたシーランドがわめいた。 「ありがとうですよー。日本は話がわかるですね。さすがシー君のプリンセスです」 『シー君、ラトビアさんにご迷惑かけちゃいけませんよ。お皿はシー君が洗いなさい』 「はいですよー。ラトビアん家では、いつもシー君がご飯作ってお皿洗って、お洗濯までしてるですよー」 真赤な嘘に、電話口の相手は今日は絶対洗うこと、と軽く命じて、それから小さく笑った。 『お誕生会、楽しんでくださいね』
「日本もくればいいのに」 受話器を置くと、シーランドは唇を尖らせた。 「眉毛の野郎なんて放置してもいいですよ。日本はシー君をもっと構うべきですよ」 「病人をほっとくわけにはいかないでしょ」 ラトビアは紅茶のおかわりを入れるため、キッチンへ向かった。 「それに、日本さんはお兄さんの恋人なんでしょう?」 (仕方ないじゃない。シー君は日本さんの「唯一」じゃないんだから。) 最後までは言わず、ラトビアはヤカンをガス台にのせ、ティーポットの茶葉を替える。 「…日本は優しいから、友達がいない眉毛に同情してるだけですよ。いつかはシー君とめくるめく大恋愛をする運命なのですよ」 キッチンからはシーランドの顔は見えないが、声は妙にうわずっていた。 「それに、日本はシー君を『一番の仲良し』っていってくれるですよ。日本はアニメもゲームもわからない眉毛なんか本当は大っきらい!に決まっている、かもしれない、こともない、可能性もなきにしもあらずといいうるあるんですぶぎゃああああ」 「シー君、舌噛んでるよ!」 あわててキッチンから飛び出し、泣きわめくシーランドに駆けつける。なだめているうちに、すっかりヤカンは焦げてしまった。
翌日、迎えにきた日本に手をひかれてシーランドは兄の家に帰っていった。手をふってくる子供と会釈する大人は、傍から見れば平凡な親子。二つの影を見送りながら、ラトビアは何十年も前の言葉を思い出した。
『・・・・君たちは俺の一番の友達だよ』 (でも、僕は「一番」になんてなりたくなかった。)
「『一番の友達』とはいうけれど、『一番の恋人』とは言わないよね?」
あの子も、近い将来気付くのだろうか? 気付いたら、どうなるのだろう。 その時は、せめて、一緒にチョコレートを食べて、徹夜でゲームをしよう。 そんなことしかできないけれど。
■戻る |