ねこたりあでアメリカ猫誕生日です。『ふたりとにひき』の続編でアメリカ猫視点。

英日は人間も猫も結婚して、猫には子供もいます。

混乱するので飼い主は人名、猫は国名表記。

猫は人間の言葉が分かるけど、人間は猫の言葉は分かりません。人間語は『』

 

 

決戦は誕生日

 

 

日本猫が子猫を産んでから俺は毎日、同居人と彼の家に遊びに行った。

「にゃ!」

『かわいいんだぞ!』

アルフレッドと一緒に眠っている子猫達を覗き込む。小さな身体には一人前に爪も指もついていて、なんというか、とにかくすごい。

自然の神秘ってやつだ。グレイト!

『アメリカ猫がこんなに子供好きなんて思わなかったぞ』

『まだ自分が子供みたいなものなのに意外ですねぇ』

『おい、茶が入ったぞ』

イギリス猫の飼い主の声で、飼い主達はリビングに移動した。それでも、俺は小さな友達を眺め続けた。

「アメリカ猫さんもお子さん作ったらいかがです?」

ソックスな手で小魚を摘む日本猫がドッキリするようなことを言った。

「おい、まだアメリカには早いだろう。こいつはまだまだ子供だぞ」

子猫たちの父親、イギリス猫が早口で喚いた。うざいけどこの茶ぶち折れ耳スコティッシュフォールドは俺の兄貴だ。俺は認めないけどね。

「でも、立派に町内のボス猫をなさっていますし、身体は十分に大人ですよ」

「親になるような気構えがない!

まだまだ子供だ!

子供だから食欲を抑えられなくて、こんなデブになってんだ」

「……体型は精神年齢に余り関係ありませんよ」

鉢割れ猫が寝返りを打った子猫をおなかに寄せている。ふっくらしたおなかは枕にしたら寝心地がよさそうだ。

ああ、と俺はここ数日思っていた疑問を口に出した。

「君、出産太り?なんか、さっきからずっとおやつ食べているし」

「やめてください!」

「そういうデリカシーのないところがガキなんだ!」

スコティッシュフォールドが俺の額にパンチを投げてきた。俺だってこんな眉毛猫に負けはしない。そして、そのあとのじゃれあいですっかり俺の子供話は流れてしまった。

 

 

帰り道、土管広場でアルフレッドと別れ、パトロールを開始した。

最近はロシアのヤツがのさばってきている。育児で忙しい日本猫を始め、弱い町内の猫たちを守るのはヒーローの役目だ。

「アメリカくーん。僕、日本猫君の家のお庭欲しいなぁ。

日本猫君はお家の人と一緒にイギリス猫君の家にお嫁に行ったから、お庭要らないよね」

「そんなこと俺が許さないんだぞ!」

「悲しいなぁ。ぼく、ひまわり畑で日本猫君とお昼寝したいだけなのに。

あ、そうかぁ、別にアメリカ君に許してもらわなくてもいいよね」

サイベリアンの巨体が土管を蹴った。

遅れることなく、俺もジャンプし、宙で迎え撃つ。

絡まりあったままドスンと着地し、俺達はもみ合い、噛み合い、引っ掻きあった。

「私と昼寝すればいいのに。兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん」

土管の中から冷たい視線が射してくる。でも、それに構っている余裕はなかった。

俺は正義のヒーローUSA the Cat、俺が戦わなくて誰がこの街を守るんだ!

『おーい、ご飯だよ』

その晩もアルフレッドが迎えにくるまで俺は壮絶な死闘を繰り広げた。

『あのさ、アメリカ猫』

夕暮れの帰り道、肩に俺を載せたアルは楽しそうに聞いてきた。

『君も日本猫みたいなお嫁さん欲しいかい?』

「にゃ?」

日本は好きだ。

『君がだーい好きな猫とのお見合いをまとめてあげたんだぞ!』

「にゃ?」

お嫁さん。

その言葉はまだ現実感がなかった。

だーい好きな猫は日本だけど、ステディになってくれたらいいなとは思っていたけど、結婚して子供を作って、とかは思いつきもしなかった。

だって俺はまだそんな齢じゃない。

『日本猫可愛かったなぁ』

同居人がほあん、と頬を緩ませる。

一本はみだした前髪がひらひら揺れた。

『日本猫のチビ達も可愛かったなぁ』

「にゃあ?」

『日本猫達をみていると、やっぱ猫の親子っていいなぁって思ったんだ』

アルが何回も日本猫の名前を言うので、俺はふと考えてしまった。

ひょっとして、お嫁さんは日本猫じゃないだろうか。

日本猫は飼い主同士が結婚したから、仕方なくイギリスと結婚したけど、実は俺が好きだとか。

そんなことあるわけないじゃん、と頭では否定しても、妄想は広がっていった。

奥手で可愛い日本猫。

カッコいいヒーローに一目ぼれしたけど、言い出せない間にイギリスに良いようにされちゃったとか。

あんな眉毛よりクールなヒーローが大好きだけど、モテモテの俺に地味な自分はつりあわないって、さっさと諦めちゃったとか。

飼い主達が望むままにイギリスと結婚しても、心の底では逞しいヒーローの迎えを待っていたとか。

イギリスの子猫を産んだけどまだ俺が好きだとか。

過食も俺への恋がかなえられないストレスのせいだとか。

毎日遊びに来る俺の優しさに恋心が募って、俺のいない間は悲しそうに泣いているとか。

飼い主達はようやく日本猫の気持ちに気がついて、今日は俺と日本猫を結婚させる手はずを相談していたとか。

 

『アメニャンさんは実は空気読んで、さりげなく親切にしてくれますね。

そういうところが私は好きです』

 

前、落ち込んでいる日本猫をおまじないで励ましたとき、何気なく漏らした台詞は、友情以外の感情を指しているとか。

考えれば考えるほど、日本が俺を求めているような気がした。

だって俺は町のヒーロー!

俺に恋しないで誰に恋をするって言うんだい?

ヒーローとヒロインは結ばれないとね!

『お嫁さんを貰うかい?』

「にゃあ!」

俺は大きな声で返事をした。

 

 

お見合いはアルのクールなはからいで、俺達の誕生日に行われた。

正装したアルに連れて行かれたのはロシアの家だった。無駄に大きくて装飾が多くて、その割にぼろの屋敷は猫たちからは一目置かれていた、というより怖がられているものだ。

一瞬なんでロシアの家?と思ったけれど謎はすぐに解けた。

ああ、そうか。仲人ってやつか。

日本猫の飼い主、菊は昔気質な人間だから猫の結婚にも伝統的なしきたりを重んじるんだろう。

ロシアの大きな家の奥で、日本猫はきっと、俺の来るのを小さな胸をドキドキさせながら待っていてくれるはずだ。

子猫たちもきっと新しいパパにすぐなついてくれる。ヒーローにあこがれない子供はいないしね。

振られたイギリスはかわいそうだけど、時間をかけて慰めればわかってくれるはずだぞ。

なんたって、俺はヒーローだからね!

薔薇色の未来に向かって俺はロシア邸の門をくぐった。

「アメリカ君!おめでとう!ありがとう!」

玄関先にはいつもにらみ合うグレーの巨体があった。秘かに身構えた俺に対し、当の本人は尻尾をぴんと立てて駆け寄ってきた。

「ありがとう!ありがとう!ありがとう!

 もう、僕、君の子分になってもいいよ」

「にゃあ?」

「アメリカ君大好きだよ!一生大親友だよ!」

涙目の歓迎に俺は正直面食らった。

こんな友好的なロシアは初めてだ。

俺の家に嫁に来る予定の日本から、庭を貰ったのかな?

『ああ、猫たち仲良くしてるぞ』

『まずは第一関門、クリアだね』

飼い主達も普段は仲が悪いのに、今は手を取り合ってロシアに負けないくらい喜んでいる。まぁ、仲人と新郎の飼い主だから当然か。

『じゃあ、前祝に乾杯しようか』

『君のボルシチ楽しみにしてたんだぞ』

肩を組む飼い主達にならって、ロシアも俺の肩に手を伸ばしてきた。

「アメリカ君。僕のお昼ご飯のイクラあげるね。日本猫君に持っていってあげれば喜ぶよ」

「あ、ありがと」

肩を組んで飼い主達に続く俺達を、突然変な熱気が襲った。

バン!

勢いよく開く扉が開いた。

『兄さん、結婚!』

「兄さん、結婚!」

玄関の前には、ウエディングドレスを来たベラルーシの飼い主がいた。

『ついにこの日が来た…結婚!

ロシア猫とベラルーシ猫だけじゃなくて、私達も結婚しましょう!』

その足元には花とリボンでおしゃれしたベラルーシ猫がいた。

「兄さん、結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚!」

極限まで開かれたアーモンドアイが怖い。

ロシアが何か喚きながら、飼い主のふところに隠れる。ロシアの飼い主、イヴァンのおっとりした顔が真っ青になっていた。

『ベラルーシ猫に紹介したいのは、このアメリカ猫君なんだよ。

ロシア猫とじゃ兄弟だから結婚できないよ』

「にゃ?」

緊迫のなか、俺は頼るべき相棒を見上げた。

「今日は日本猫が来るんじゃないのかい?」

『アメニャン、ほら背筋を伸ばすんだぞ!君のだーい好きな!お嫁さんのベラルーシちゃんだよ。

いつもベラルーシちゃんとデートしようとして、邪魔するロシアと喧嘩していたの、俺知っていたんだぞ』

「にゃあ?」

何か、俺の同居人は大きな誤解をしているらしい。

『ロシア猫も観念して祝福してくれたし、ばっちりなんだぞ!』

「ばっちりじゃないんだぞ!」

俺の渾身の突っ込みはアルフレッドに届くはずもない。無造作に俺を抱えた飼い主は、兄貴を追いかけるベラルーシの元へと俺を運んだ。

やめてくれよ。

あの目、瞳孔の開いたあの目、完全にイッチャッてるだろ?

あの声、同じことを繰り返す声は、意味が分からなくてもおかしいってわかるだろ?

ねぇ、頼むよ。これ以上あの子に近づかないでくれ!

でも、イヴァンの泣き声もただの兄弟喧嘩としか思わない能天気なアルは、こともあろうに俺をブラコン猫の前に突き出した。

『ベラルーシ、ほーら、君のハズバンドだぞ!』

「うるさい!」

10本あわせればダガーナイフにも匹敵する爪が宙を裂く。部屋の隅ではベラルーシの飼い主が兄貴の指に無理やり指輪をはめようとしていた。用意していた指輪が細すぎるとわかるや、ダガーナイフを兄の指にためらうことなくあてた。

それから、首筋を噛まれ、イヴァンのふところから引きずり出されているサイベリアンの姿が見えた。

 

 

「そうですか、災難でしたねぇ」

日本猫は寝そべったまま、イクラを一粒一粒すくって転がすように舐めていた。

アルフレッドが傷だらけになりながらも花瓶を投げ、花嫁姿の悪魔二人がひるんだ隙に放心状態のロシアとイヴァンを引きずって逃げ出したのだ。ホットミルクで落ち着いたサイベリアンはイギリスと二匹で子猫達をあやしていた。イヴァンも手当てを受け、菊やアルに慰めてもらっている。

「なー!」

折れ耳猫が太く鳴き、部屋中の視線が父親と子猫たちに集中した。

四匹の子猫たちは優性遺伝が出てしまった眉毛をピンとあげ、いちにのさん、で声をあげた。

 

「Happy Birthday To You」

 

「わお!皆、こんなにお喋りできるんだ!」

「かわいいなぁ!」

子猫達が尻尾を振って俺とアルを交互に見上げる。

そういえば今日は俺とアルの誕生日だ。

『わぁ、しゃべった!

子猫たち、今ハッピーバースデーって言いませんでしたか?』

『チビちゃんたち可愛いねぇ』

『ありがとう!今日一番嬉しいプレゼントだぞ!』

人間達も騒いでいた。

猫の言葉は人間には伝わらない筈だけど、食べ物限定で人間語が話せる日本猫の子猫たちだから、人間にも理解できたのかもしれない。

それまでのどこか緊張に満ちた空気が一転し、たちまち和やかな誕生日のムードが漂った。

菊が台所から丸いケーキを運んでくる。

俺達にはお刺身舟盛り。

真ん中にある人間の手のひらほどのマグロ切り身には小海老で「アメニャンおめでとう」と書かれてある。

ヒーローの誕生日にぴったりのご馳走だ。

『さぁ、蝋燭を消してください』

俺は促されるままにアルの膝に載り、二人で思い切り頬に空気を詰め込む。

吐き出そうとすると、すぅ、と蝋燭が消えた。

『あれ?俺まだ消してないよ』

どこからか漂ってくる冷気。

夏なのに寒い風。

なんかこの寒気覚えがあるぞ。

『兄さん見つけた……』

「逃がさない」

風呂枠を頭に載せたまま花嫁二人が近づいてくる。ドレスはすっかりずぶぬれで、花飾りはオシャカになっていた。

『兄さん!』

「結婚!」

戦いは第二ラウンドを迎えようとしていた。

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