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12/19

BLACK COFFEE

 

11月に入ると、めっきりと曇天の日が増えた。

ハイド・パークの木々もすっかり金色に染まり、夏の間は池で遊んでいた水鳥達もいつの間にか姿を消した。我が家の、というよりも兄の屋敷の薔薇園も冬薔薇の一角を残してかれた葉がわずかに風に揺れているだけだ。

館の二階のバルコニーで、次兄はぼんやりと庭へ顔を向けていた。   フライトジャケットを羽織っているとはいえ、11月のロンドンの空気は冷たい。なのに、彼はもう半時間もそうやってバルコニーに佇んでいた。

 「アメリカ!何やっているんですか?」

僕はつとめて子供らしい無邪気さを装って彼に話しかけた。次兄はちら、と碧瞳を僕に投げ、再び庭に目を向ける。

 「UFO呼んでいるんだぞ」

 「UFOなんかいるわけないですよー。

馬鹿めりか」

 「絶対いるさ」

 「いるわけないんだぞ、ですよ」

 僕は子供だから、一人でいたいという兄の心情に気がつかない振りをしてその隣に寄る。次兄は不機嫌な面持ちで目線を庭から僕へずらした。僕はその視線から逃げるように、先ほどまで次兄が眺めていた場所へ目を向ける。

 ・・・ほら。

 そこには、思ったとおりの光景が広がっていた。薄手の赤いダウンジャケットというラフな格好で庭仕事をしている長兄と、その恋人。バルコニーからは表情は見えないが、二人が午後の逢瀬を満喫していることは十分に伝わってきた。

 どうでもいいときは我侭な位に自分の意見を押し通す次兄は、恋愛に関しては思いを伝えることさえできない。できることといえば、何も知らない幸福な長兄とその恋人を盗み見ることくらいだ。

 「さっき、あっちの空が光ったんだぞ」

 決まりの悪さを隠しきれないアメリカは、あてずっぽうに空を指差す。僕は庭から目を離し、その指の先をたどった。鈍色の雲の向こうにあるのは、宇宙だ。もしかしたら、何千億の星のどこかで、地球に向けて宇宙船が出航しているかもしれない。

 でも、宇宙船が地球にたどり着くのは、きっと何万年も先の話だ。

 「どうせ飛行機なのですよ」

 僕はわざとらしくあくびをし、フライトジャケットの裾を掴んだ。

 「すっかり冷えちまったですよー。温かいコーヒーを淹れやがれですよ」

 「俺はコーヒーなんか」

 一瞬のためらいの後、アメリカは僕の頭をくしゃりと撫でた。その手はイギリスのものよりも大きくて、でもどこかぎこちなかった。

 「わかったよ、美味しいのを淹れてあげるんだぞ。

 ・・・でも、君はもうコーヒーを飲めるのかい?」

 頭数個分上にある彼の顔を見上げ、僕は胸をそらした。

 「失礼な!シー君はもう立派な独立国ですよ」

 「牛乳をコーヒーの3倍入れれば、シーランドでも飲めそうなんだぞ」

 「シー君はブラック派ですよ!」

 アメリカは悪戯っぽく台所へ駆けていき、僕は文句を垂れながら後を追いかける。

 ばたん。

 背後からバルコニーのドアが閉まる音が聞こえた。

 これでいい。

 見ているだけの恋なんか、引きずっていてはいけない。

 

 

 夏には、僕はブラックコーヒーを飲めなかった。

 今でも少し苦手だけど、ちゃんと最後まで飲める。

 そのうち、あの苦味がわかるようになったら、次兄に淹れ方を教えてもらおう。ペーパードリップなどではなくて、サイフォン式とか本格的なものを。緑茶よりも、紅茶よりも、この世のどんな飲み物よりも美味しいコーヒーを淹れるために。

 

 ティーカップになみなみと溢れるコーヒー。

 テーブルの上には、砂糖壷もミルクピッチャーもない。

 アメリカは湯気で曇った眼鏡を外し、ティーカップを手に取った。

 「シーランドがコーヒーを飲めるようになったことを祝って、乾杯」

 「乾杯」

 僕は決意を示すべく、目の前に置かれた黒い液体をあおった。

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