※この作品は「ほらりあ」様の百物語企画に投稿した作品(第81話)に修正を加えたものです。「ほらりあ」様では99話もヘタリアキャラが語る怖い話が楽しめるんだぜ・・・!

 

 

弟の棺

 

 

私が初めてその箱を見たのは、兄の館でした。

兄の家で開催される大宴会の準備を手伝うために、私は数日前から兄の館に泊まりこんでいました。世界中の国を招いた宴会でしたので、兄は国中のありとあらゆる美味を集め、私や韓国さんといった兄弟に指示を与えながら腕をふるっていました。そして宴の前夜、私は玄関に飾る花瓶を倉庫から持ってくるようにと指示されました。

 長い歴史を誇る兄の屋敷だけあり、倉庫の数もひとつふたつではありません。その中から目当てのものを探し出すのは兄の屋敷に慣れた私でも時間がかかります。その日も案の定、ご指名の李朝の花瓶をなかなか見つけ出すことが出来ず、どんどんと倉庫の奥へと進んでいきました。

 そして、私は虎の屏風に隠れた小さな扉を見つけたのです。普段ならば気にも留めず通り過ぎたでしょうが、なかなか花瓶を見つけ出せないことに焦った私はその扉を開けました。すると、綺麗に掃除された部屋の中に、長さ1メートル程度の白木の箱が置いてあるのが見えました。

 てっきり、私はそれこそが花瓶をしまった箱であると思い、勇んで蓋に手をかけました。重い蓋をゆっくりとずらします。そこで私は見つけたのです。

 箱の中には、幼い私が眠っていました。

 私は思わず手を止め、幼い私に良く似たソレを凝視しました。

 肩で切りそろえた髪も、閉じたまぶたも、子供特有の櫻貝のような唇も寸分たがわずに子供の頃に鏡で見た自分の姿です。箱の中の幼い私は白絹の蒲団の上で、中国風の真っ赤な綿入れをまとい、仰向けに寝ています。柔らかな頬に触ってみると暖かな体温を確認でき、その唇からは規則正しく寝息が漏れています。しかし、何度か頬を叩いてみたものの、起き上がる気配はありませんでした。熟睡している子供というよりも、生きている人形、または人形のふりをした子供のようです。そして、そうやってまぶたを閉じた姿は、まるで棺桶に収められたばかりの死体のようにも見えました。

 これは何か。

 何のために、こんなものがあるのか。

 薄気味悪くなった私は早々にその部屋を出ました。

 頼まれた花瓶を手に台所に戻ると、かたまり肉に塩をすり込んでいた兄はにっこりと笑ってねぎらいの言葉をかけてくれました。しかし、幼い頃から聞きなれた兄の褒め言葉は、私の頭を通り過ぎるだけでした。にこやかな表情に冷や汗を感じながら、私は必死に先ほどの子供の意味を考えました。

 

 

 

 二度目にその箱を見たのは、イギリスさんのお屋敷でした。

 夏の夕刻、庭から宿泊している客間に戻る途中、ふとした弾みで邸内を迷ってしまったのです。いつの間にか屋根裏へ足を踏み入れた私は、小さな扉を見つけました。他人様の家のドアを勝手に開けるのは気が引けましたが、とにかくその状況から脱出したかった私はその扉が階段への出口であるという淡い期待を抱いて開いたのです。

 扉の向こうは、パッチワークの壁掛けが飾られたパステルトーンの部屋が広がっていました。古びた絵本や玩具の並ぶ棚の前に、黒く塗られた木製の箱がありました。長さは1メートル程度、幅は40センチ程度でしょうか。兄の家で見た箱を思い出した私は、失礼を承知で蓋を開きました。

 中には、金髪の子供が右側を下にして眠っています。

 夕暮れの赤い光に輝くまつげに薔薇色の頬、簡素な白いワンピース風の寝巻きを着た子供には見覚えがありませんでした。けれども、前髪から飛び出た一筋の髪が彼の名前を教えてくれました。

 「アメリカさん、」

 声をかけてみましたが、熟睡する子供は目を開けることもしません。現在の彼からは想像もつかない愛らしい姿はとても幸福そうです。花柄のシーツも枕もとのぬいぐるみも、彼が愛されていることを如実に語っています。ですが、この愛情を知ったときアメリカさんが何を思うか、その点は気がかりでした。これは幼く従順だった時代の弟に対する、イギリスさんの執着の象徴でもあるのですから。

 そして、同時に疑問が浮かびました。

 兄はひどくイギリスさんを嫌っています。その兄とイギリスさんが、同じように弟の子供の姿をしたモノを持っている。同じように箱に入れ、着飾らせている。兄とイギリスさんは弟に裏切られたという点では共通していますが、一緒にこうした奇妙な行動をとるとは思えませんでした。ましてやこの、眠ったままの子供をどうやって調達したのか、不可解でなりませんでした。

 

 

  三度目にその箱を見たのは、プロイセンさんとドイツさんのお宅でした。夜遅くに到着し、プロイセンさんに家を案内されていた私は偶然、お二人の私室の間にある部屋を垣間見てしまったのです。

 深いブルーのカーテンに、こげ茶色の木馬。そして、黒い木の箱。半開きのドアから覗いた光景に、私は思わず息を呑みました。

 「あの、この箱は、」

 思わず前を歩くプロイセンさんの服を引っ張ると、彼ははにかんで部屋の中へと案内しました。

 黒の箱の中には青いストライプ柄のガーゼのパジャマを身に着けた金髪の幼子が、真っ白な綿のシーツに包まれて横たわっていました。小さな手は行儀よく胸で組まれています。私が問う前に、プロイセンさんが自慢げに説明しました。

 「これは子供の頃のヴェストにそっくりなんだぜ」

 種明かしはひどくあっけないものでした。

 彼ら兄弟が東西に別れて暫く経ったころ、箱が送られてきたこと。「日没後は決して棺の外に出してはいけない」とだけ書かれたメモが同封されているだけで差出人はわからなかったこと。体温はあるものの、この子供は決して目覚めることはないこと。子供が何者なのかは数十年経ってもわからないこと。プロイセンさんは弟の形をしたモノを受け取ったとき、最初は驚き、また警戒したものの、捨てることもできず、大切に可愛がっていたこと。兄弟で再び暮らせるようになった現在は、二人で面倒をみていること。

 腑に落ちない点もありましたが、これが今わかっている子供の形をしたモノの真実なのでしょう。

 「神様もひどいぜ、こんなもの押し付けてきて」

 でも、こいつのおかげで楽しすぎたけどな。

 プロイセンさんの照れた表情に、私は兄を思い出しました。

 時が経ち、私は兄にとって昔のようにただ愛しいだけの存在ではなくなりました。それでも、兄は私の形をしたモノに暖かな綿入れを着せ、絹の蒲団に横たえてくれました。それは今の私との関係という現実を無視し、ソレの来歴や送り主の意図といった都合の悪い謎から目をそらした、いびつな愛情であることは確かです。しかし、ともかくも兄が私を慈しんでいることは確かなのでしょう。イギリスさんがアメリカさんを、プロイセンさんがドイツさんを愛しむように。歪んだ慈愛であっても、昔を懐かしむことがないとは言えない私にとっては、簡単に否定できるものではありません。

 その晩、私は久しぶりに自分から兄に電話をかけました。

 

 

 四度目にその箱を見たのは、ある方の家です。商談で夜遅くなった上、ホテルのある川向こうの街へと向かう唯一の橋が通行止めになったため、その方のお宅に泊めていただくことになしました。その日はポチ君を連れて行ったのですが、長旅で散歩が出来ず、かなりストレスがたまっている様子でした。そこで、家主のお許しを得て、私は家の中をポチ君と散歩しました。一階をくまなく歩いて、小さな階段を降りて地下へと向かいます。我が家には地下室はないものですから、ポチ君はワンワンとはしゃいでいました。

 埃っぽく湿った空気も、ポチ君にとっては冒険を彩る要素だったようで、軽い足取りで進みます。途中、開いているドアから室内へ入り込み、見たことのない農具や古い機械にくんくんと鼻を鳴らし、見ているこちらまで弾んだ気分になりました。

 そして、私はまた四つ目の棺を見つけたのです。

 暗い地下室のひとつ。さび付いた武具や鎖が並ぶ物騒な部屋に、その箱はありました。日のささぬ地下は肌寒いのに、背中に汗が伝いました。背後に誰もいないことを確認し、私は棺の蓋に手を伸ばし、息を呑みました。

 棺の中にはコートを着た子供が無造作に転がされていました。

 特徴的な大きな鼻に、色素の薄い髪。年代もののングコート。

その子供が誰であるのか、私にはすぐわかりました。今はすっかり成長した家主の弟さんです。

しかし、私が慄いたのは子供の素性にではなく、かわいらしい子供に似つかわしくない異様な風体に対してでした。

蒲団はおろか、藁も敷かれていない棺の底は、いつついたかも判らぬシミが黒く広がっておりました。小さな顔や細い手足に刻まれた打撲ややけどの痕は古いものからつい昨日につけられたようなものまで複数ありました。眠ったままであるとはいえ、彼に振舞われた暴力の跡は、見ていて耐えがたいものでした。

とっさに私は子供を連れ去ろうと、棺に腕を回しました。

・・・私の覚えているのはここまでです。

気がつけば、私は客間の清潔なシーツの上におりました。綿のシーツは太陽の匂いがして、洗いたてであることがわかりました。どこからか、紅茶の香りが漂ってきます。

ポチ君を抱えて食堂に降りれば、屋敷の主が人懐っこい笑顔を浮かべていました。昨日はよく眠れたか、その国の食事は気に入ったかと細かく質問をしてきます。

まるで昨夜の出来事などなかったかのように平和な朝の光景です。

しかし、私の後頭部はじんじんと鈍く痛みます。ポチ君の足は埃で黒く汚れています。

朝食後、家主が台所で後片付けをしている隙に、私はポチ君を連れて地下へ降りました。地下は昨夜と同じく湿って、埃っぽい匂いがたちこめています。昨夜の部屋へ行くと、同様に黒い箱がひとつおいてありました。中を覗くと、亜麻布の束がいくつか収められただけであり、子供の姿はありませんでした。

やはり、疲れていたためか見間違いをしたのでしょう、頭はきっと、そのときに転んで打ったのでしょう。それを朝、家主さんが見つけて客間まで運んでくれたに違いない。

無理やり自分を納得させて、一階に向かおうとしたとき、ポチ君が吠えました。

わんわん。わんわんわん。

ポチ君は床を足で叩きます。床一面に埃がたまっているというのに、そこだけは埃もなく、冷たい石がむき出しになっています。埃がたまっていない黒く太いラインは、ずるずると廊下に延びていきました。まるで何かをひきずったかのように。

子供を入れた棺を部屋から移動させ、代わりに新しい箱を置く。

私の鼓動が早まりました。

こつこつこつ。

階段を降りる足音が響いてきます。

こつこつこつこつ。

「なかに誰もいませんよ」

身動きの取れない私に、朝にふさわしい柔らかな声がかけられました。

「弟は昨夜、私だけしか知らない場所に連れて行きました。

 あの子のお世話をするのが私の生き甲斐ですから」

振り向けば、笑みを浮かべた家主がたたずんでいました。鎖や武具のなか、その笑顔は奇妙なほど慈悲深いものでした。

「いくら目覚めないとはいえ、ひとか人形かわからないものであっても、あのようなことをして。ましてや、あなたの弟の姿をしたものに、どうして、あんな」

私の抗議は優しい笑みに打ち消されます。

弟は私の言うことは何でも聞いてくれるの。

 だって私を愛しているから。

 殴ったって、殺したって、赦してくれるの。

  だって、あの子のお姉ちゃんは私だもの。

 あのこはもう、上司も妹もお友達もいらないんだって。私がいればいいんだって。

 だって、あの子を一番可愛がっているのは私だから

「あれは、あなたの弟で」

「わたしのおとうとはとてもかわいいの」

うつろな眼差しに私は会話を、これ以上の相互理解を諦め、家中の部屋を探しましたが、あの棺はどこにもありませんでした。

午後、捜索が無駄だと悟った私はホテルへと戻りました。街の警察に駆け込むつもりですが、あの子供は見つかりはしないでしょう。

橋の通行止めはいまだ解除されず、観光船を渡し船の代用に使っているようでした。船から山の麓にあるあの家へ目を向ければ、彼女が無邪気に手を振っています。家族の愛情に包まれて育った、無垢な田舎の少女のように。

 

 

これであの棺に関するお話はすべてです。この世界にはまだほかに同じような棺があるのかもしれません。その中の子供がどう扱われているのか、私にはわかりかねますが、ただ兄君や姉君に慈しまれていることだけを願うばかりです。

 

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