日←蘭。で、英日←米はデフォ。
お前はもういないから
日も差さない密室でお前が笑う。
赤白黄。一重咲き八重咲きユリ咲きパーロット咲きフリンジ咲き。
俺の国のあちらこちらに咲き乱れる花が、暗い部屋をぼんやりと照らす。新種を開発するたびに白い優しい指に渡すのが、俺の秘かな楽しみだった。
らしくない、全く。
「この花は3人の騎士に求婚され、結婚相手を選べんかった娘が身を転じたものや。
それぞれの部位が騎士達からの贈り物を表しとる。
花は王冠、葉は剣、球根は財宝」
「もったいない話ですね。相手を選べないなら結婚しないで一人で楽しく暮らせばよろしいでしょうに、何故他人のために不自由な植物に変身するのでしょうか」
精一杯演出したロマンチックな会話を一瞬で崩壊させたお前。
でも、他人の気持ちを察することが得意であるのに、自分への好意には一際疎い
お前が愛しかった。暗い密室には俺とお前しかいなかった。
締め切った部屋で俺を待っていたお前。
俺はお前の唯一の友人で、お前にとっての世界だった。
もうお前は覚えてはいないだろうけど。
世界会議の昼休み。
たいして空腹でもなかった俺は議場の隣の公園を散歩して、見たくはなかった場面に遭遇した。
「イギリスさん、泣かないでください。肉じゃがはまだ沢山ありますよ。
アメリカさんは一気にがっつかないで下さい!
今朝うんと早起きして市場で買い物したお野菜で作ったお弁当ですよ、味わって食べてください」
巨大な弁当箱を前に、金髪の兄弟の世話を焼く日本がいた。
五月の陽光に照らされた頬はあの頃よりもずっと血色がいい。抜けるような青空に響く低音も、心なしか弾んでいる。
俺にすがってきた細い腕は、もう俺以外の人間のために忙しく働いている。
食べ物を渡し、頬についた食べかすを拭う。
密室で怯え、震えていた瞳は今、恐怖の原因であった国々を映している。優しく細められて、イギリスとアメリカを見ている。
「見て、日本。iPad買ったんだ」
新しい文化を、流れを教えるのは俺の役割だった。
「へぇ、面白い。こんなことも出来るんですか」
珍しいもので驚かせるのは俺の楽しみだった。
「お前が欲しいって言うなら、買ってやらないこともないぞ。
勘違いするなよ、お前のためじゃない。俺がお前とペアで携帯が欲しいんだ」
保護し、甘やかすのも俺の特権だった。
「イギリス、商売の邪魔しないでくれよな。日本、ポチ君の分も含めて何台買うでゲイツか?」
「商売の邪魔なんかしねぇよ。むしろ俺と日本の分、2台買ってやるんだ。いい話だろう」
「…盗聴器なんか仕掛けないでしょうね。この間、盗聴発見サービスに家を見てもらったら、発見器が反応しまくって大変だったんですよ」
「それは、お前が心配だからだ!ドジだから火の始末を忘れないかとか、鍵を開けたまま寝て強姦されないかとか、うっかり浮気しないかとか、エロゲーでむらむらして一人遊びしないかとか、風呂上りに火照った身体を、真っ裸で冷まさないかとか。べ、別にお前のためじゃないからな!」
「うわー、変態だぁ!おまわりさーん!」
「アメリカさん、逃げましょう!
青少年をこんな有害な人物に接触させるのは大人として責任を感じます」
「俺は、お前のためにしたんだよ、日本とアメリカのバカぁ!」
お前と笑いあうのは俺だったのに。
200年以上もの間、お前の世界は俺だったのに。
戦勝国に従順に仕えているのか、自分を慕う友人の横を歩いているのか、惚れさせた男を従えているのか。今の俺にはお前は遠すぎて、周りを固める二人の男とお前の関係すらわからない。
「あ、オランダだ。おーい」
お前とじゃれていた男のうち、年若い方が手を振ってきた。何百年も生きている癖に子供っぽくてあほらしい笑顔が鬱陶しい。
「日本のお弁当、君も食べるかい?」
「アメリカの隣に座れ。ミルクティーを淹れてやらないこともないぞ」
「沢山作りましたので、もしお時間があればご一緒に召し上がってください」
控えめな笑顔はどこか遠かった。兄弟に向けられるものとは明らかに密度が異なる。
そんな場所にいる理由は俺にはなかった。
「うるさい。俺は群れるのは嫌いや」
はき捨てた俺はわざとタバコに火をつけた。風向きからすれば、この煙は力作の弁当にかかるかもしれない。
「…引きこもりは私も大好きですが、でも」
おずおず、とかすかな声が聞こえた。
「群れるのも、楽しいですよ」
日光すら嫌がっていたお前は、そんなことは口にしない。
200と数十年の間、時折贈られたチューリップの本数を、100年と数年、毎日のように贈られた薔薇の本数はもう超えたのだろうか。
まぁ、そんなことはどうでもいい。考えるのもバカらしい。
囲っておけなかったものに、奪えはしないものに、囚われるのは下らない。
タバコは便利だ。
脳を麻痺させ、都合の悪い考えを締め出す。
5秒後には俺は、元通りの強気な策略家に戻っているはずだ。
叶わぬ恋に身を焦がす、馬鹿な男にはならない。
…それに、そもそも俺が惚れたのは日陰に咲く花だ。
太陽の下で咲き誇る花じゃない。
「昔は、仲良くして頂いたのですが、最近はどうやら嫌われてしまったみたいです。
私も変わってしまいましたし、仕方ないですね」
広い背中を見送りながら、日本はため息をついた。
「日本、違うよ、あれはね、天邪鬼っていうか」
「ああ、仕方ねぇよ」
弟の声を遮り、イギリスが唇の端を上げた。
「お前が変わったからって、態度を変えるやつなんかに傷ついても意味ねぇよ。
幾らお前が変わっても、お前を思い続けるやつが一人でもいればいいだろ」
弁当箱に添えた小さな手を、両手で包む。与えられる体温に日本は目じりを下げた。
「ええ。そうですね。
私には一人で十分です」
「ねーねー、それ、俺のこと?」
「から揚げを独り占めした人は問題外です」
昼下がりの時計が再び動き出した。
その昔、花を手に危機を知らせに来た男の姿は、もう日本の視界にはなかった。
兄貴は好きな子には強く出れず、クールさが邪魔をしてアプローチもできないうちに、親友の地位も恋人の地位も奪われてしまって足掛け3世紀という妄想。米は蘭に同情しているけど、特に手を貸す気はなく、通常の友達扱い。英は日の引きこもり時代を知っている蘭を警戒して、むしろ遠ざけようと頑張っている。作中の「ミルクティ」発言も、オランダ人がミルクティを嫌いなことを知っているから。
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