猫でも英日。飼い主同士、飼い猫同士で付き合っている設定。

名前が混乱するので、飼い主は人名で、猫は国名で。この世界ではペットに国名をつける習慣があるとかないとか、そういうことにしましょう。

そして猫も人も男の子です。ええ超妊娠です。お好きなかたはどうぞ。

 

ふたりとにひき

「ウマウマウマイナー」

山盛りのマグロ缶にかぶりついた鉢割れ猫は奇妙な鳴き声を上げた。

「いつ聞いても『美味い』って褒めているように聞こえるな」

「アーサーさんの手作りおやつの時は何も言いませんしね」

「……」

午後7時の茶の間。飼い猫達の為の食事を整えた後、恋人の指示で卓袱台へ皿を並べる。猫達はツナ缶に鶏ささみを細かく裂いたもの、俺達はかきあげ丼におひたし、グリーンアスパラのグリルと味噌汁。菊はこのメニューをわずか30分で作った。

「ウマウマウマウマイナー!さすが私」

「……美味いな、畜生」

パン粉と粉チーズを載せてグリルしたアスパラはしゃきしゃきした歯ざわりを残しながら、アスパラ独特の甘さは増しているし、上に載せたクランブルにはレモン汁が混ぜてあるのか後味が爽やかだ。俺の恋人は食いしん坊な分、料理は上手い。

そして彼の飼い猫、鉢割れ猫の日本猫は飼い主によく似て大食漢だ。うちの猫のイギリス猫よりも小柄なくせに、食べる量は同等かそれ以上で、しかもグルメだ。

「ウマウマウマウマイナー」

二発目のコールで食卓脇の猫達のランチョンマットを見下ろすと、日本猫が二皿目のマグロに取り掛かっていた。

『日本猫』と名前の入った皿は既に空っぽ。色違いの『イギリス猫』用の皿に顔をすっぽり埋めている。

「こら、それはイギリス猫さんの分ですよ!」

菊が飼い猫を引っぺがし、膝に載せて押さえ込んだ。ボブテイルがばたばた揺れて遺憾の意を表明している。

「お替りとってくる」

「お願いします。

さ、イギリス猫さん、どうぞ召し上がってください」

しかし、茶ぶちのスコティッシュホールドは太い眉をしかめてだけで、ぷいとそっぽを向いてしまった。生意気なのはいつものことだけど、一応菊は俺の恋人とはいえ、よそ様の家だ。ちゃんと愛想よく振る舞って欲しい。

「イギリス猫さん、日本猫の分はちゃんと持ってきますよ」

「遠慮するとかわいくねぇぞ」

「なー」

イギリス猫が口答えをする。

俺に皮肉られたのが気に入らないのか。しかし、そうではないらしい。

イギリス猫はマグロ山盛りの皿を菊の膝の上にいる日本猫に向かって押したのだ。

「なー」

「にゃあ」

「にー」

「にゃあ」

俺達には理解できない会話が繰り広げられた後、日本猫が身をよじって飼い主の腕から脱出した。そして再び、『イギリス猫』の皿に取り掛かる。

「…しかたねぇなぁ」

再度用意したツナ缶を日本猫用の皿に載せ、飼い猫の前に出せばやっとモゾモゾと食べ始めた。

それにしても、日本猫の食いっぷりはすさまじい。イギリス猫がやっと半分を食べきったばかりなのに、もう皿を綺麗に舐めた挙句に三杯目を催促している始末だ。

「にゃあ」

「ツナ缶はさぞ美味しいのでしょうね」

「にゃあ」

「昼もバタバタ遊んでいたしな」

「にゃあ」

「でも、さすがに三杯は食べすぎですよ」

「俺もそう思っていた」

鳴き続ける日本猫を放置して、俺達は自分達の夕食を再開した。庭で取れた青菜のおひたしは、薄味の出汁醤油が葉野菜の瑞々しさを引き立てている。これも美味い。まぁ、菊の手料理はなんでも美味いけれど。

「にゃあ」

日本猫の声が大きくなった。

「にゃあ!にゃあ!」

「なー!」

日本猫とイギリス猫による二重唱を菊は無視して会話を続けた。細い指で箸を持ち、飯を取る。そんな些細な仕草まで優雅だ。でも、会話はそんな優雅なものじゃなくて、愛猫の食欲がおもな話題だった。

「最近、この子よく食べるんですよ。

さっきもおやつに小魚を一パック食べたでしょう?」

「イギリス猫はあまり食べなかったな。日本猫が殆ど食べていたけど、あれはイギリス猫が残したから片付け食いしているだけじゃなかったのか?」

「いつもあの量ですよ」

「さすがにやばくないか、それ」

二人で食卓脇へ目を落とすと、再び日本猫がイギリス猫の分の食事に手をつけている。イギリス猫は口をへの字に曲げてじっと黙ったままだ。

「こら!いけません!」

「なー!」

菊の声は先ほどより強かった。

しかし、その上にイギリス猫の太い鳴き声がかぶさる。少し逆立った尻尾を見ると、何か抗議をしているようだ。

「イギリス猫。お前、好きな子にいいカッコしたいからって、ご飯を全部我慢することはないだろ。日本猫がぶくぶくになったらどうすんだ」

「そうですよ。イギリス猫さん。日本猫のおなかを見てください。

昔はすらりと細い柳腰だったのに、ほら見てください。ぽっこりしてきてますよ。

もう立派なデブ猫さんです。アルフレッドさん家のアメニャンみたいですよ」

食べかすを口につけた日本猫は、脇をがっちりと飼い主の両手でホールドされ、腹を突き出していた。その腹は確かに、細い上半身に比べて太い。洋ナシみたいな体型だ。

「お仲間に気が付かれたら、皆さんメタボだ、妊娠三ヶ月だとからかいますよ」

「はは、妊娠三ヶ月。

お前達も付き合い長いからな、そろそろ子供が出来ても…?」

「子供が出来た…?」

笑おうと大きく開けた口が止まった。菊の手が、ゆっくりと飼い猫の腹を撫でる。

「なー!」

俺の子分が得意そうにうなずいた。

 

 

閉院間際に電話をかけて待ってもらい、車で駆け込んだバイルシュミット獣医科では予想通りの宣告を受けた。

5週目くらいだな。あと3週間から4週間の間に生まれる」

ルートビッヒのぶっきらぼうな診断が俺達を狂喜させた。

可愛い飼い猫の子供。

しかも恋人の飼い猫との子供。

嬉しくないわけがない。

「まぁ!」

「すっげぇ!」

俺と菊はすっかり舞い上がって日本猫のふくらんだ腹へと手を伸ばそうとした。

「流産しやすい時期だ。腹は余り触るな」

「ああ、すまん」

獣医の忠告に慌てて手を引っ込め、母猫の頭へと回す。日本猫は鉢割れの頭を俺の手のひらになすりつけ、ごろごろと喉を鳴らした。

 

 

「日本猫、来月にはお母さんですね」

 帰りの車内では、菊は鼻歌を歌いながら飼い猫の背をなで続けた。ごろごろ、ごろごろ、愛想のよい音が響く。

低音のハミングと喉の音を心地よく感じながら、俺もある決意を固めた。

本田の家では、門の前で長毛の折れ耳猫がうろうろと歩いていた。

「なー!」

車から降りる菊の足元にまとわりつくイギリス猫は、ずっと自分よりも上、キャリーを見つめていた。玄関に入ってすぐにキャリーを開けると、いそいそとソックスの脚が出る。リビングのソファーへ嫁さんを連れて行ったわが飼い猫は、スペシャル毛づくろいで突然の受診の労をねぎらった。

「菊、お前には迷惑だろうけど、暫くイギリス猫をこの家においてもらえないか?」

中断した夕食をとりながら、切り出した俺に向かって菊は小さく頷いた。

「私のほうから言おうと思っていました。

暫くアーサーさんには寂しい想いをさせてしまいますが、猫達の気の済むまでイギリス猫さんをお借りできないかと」

「……だよなぁ」

身を寄せ合って目を閉じた二匹を見れば、もう人間の都合で裂くことなんかしたくはなかった。同じ家で暮らすことが、二匹にとって最も幸福な状態なのは明らかだ。

この意見を話すと、菊は力強く同意してくれた。

「勿論です。もうイギリス猫さんと日本猫はお父さん猫とお母さん猫ですからね。いつでも一緒にいさせてあげないと」

「……俺も、お前といつでも一緒にいたいんだけど」

もっと華麗な言葉を贈るはずだったのに、肝心なときにテレが出てしまう。このどもった声は聞こえているのだろうか。

猫達へ顔を向けながら横目で恋人を見ると、彼はきょとん、と眼を見開いていた。

「ご遠慮なさらず、お好きなときにいつでも遊びにいらしてください」

不思議そうな大きな瞳が、俺の度胸を試していた。

遊びに行くというのは、別々に住むというのが前提になっている。

でも、俺が望むのは、一緒に住むこと。

「いや、そうじゃなくて、こいつらに先を越されちまったけど」

「?」

首を深くかしげた拍子に髪が揺れる。

艶やかで真っ黒な、文箱の塗りのように美しい髪。その髪を毎晩、指で梳いて眠りたい。少し尖らせた桜色の唇に、朝一番に挨拶を送りたい。

「結婚、して欲しいんだ」

「……はい」

返事は猫達の寝息で消えそうなくらい細かったけれど、確かに「はい」と唇が動いていた。

 

 

 次の週末、俺の家のサンルームには日本猫とイギリス猫のお気に入りのものが集められていた。クッションにぼろぼろのぬいぐるみ、毛羽立ったタオルと毛布、玩具に猫草。作りつけの出窓下の棚には産箱もセットした。

俺達がアレンジした新居は合格点だったらしい。身体を使ってイギリス猫がクッションの配置を変えたあと、二匹で並んで寝そべってごろごろと鳴いていた。

台所で紅茶を淹れる俺の横では、菊が妊婦猫用のミルクを用意している。左の薬指にはまだ新しい金の指輪。いつでも、どこでも、いつまでも嵌めることができるようにとデザインはシンプルなものを二人で選んだ。

ミルクをやれば、また「ウマウマウマイナー」が炸裂して、イギリス猫は自分のおやつを妻に譲って、俺達はティータイムを中断してお替りを用意してやるのだろう。

猫達は夫婦になって、飼い主も夫婦になって、そして4人ともとても幸せだ。

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