似ている
「やっぱり、お兄さんに一番似ているのはあなたですね」 日曜日の夜6時半。 掛け軸、畳、テレビ、柴犬、勝手知ったる他人の茶の間。 掃除が行き届いたそこで、イベント帰りの僕と彼は卓袱台に向かい合う。昨日から仕込んだというカレーは僕の好物でもあり、日本がくすりと笑いをこぼした頃には三杯目のおかわりに取り掛かろうとしたところだった。 「シー君のどこが誰に似てるのですか?」 口を尖らせる僕に、彼は食べかけのカレー皿を指差す。 「お兄さんもカレーが大好きですものね。 アメリカさんもカナダさんもそこまでカレーが好きってわけではないですのに。 本当に、外見も中身もそっくり。まるで時間差で生まれた双子みたいです」 その結論に対し、僕は盛大に抗議した。 「失礼ですよ! あんな眉毛野郎と似てるなんて、すごいクツジョクですよ! シャザイとバイショーを要求するです!」 しかし、強気の抗議は相手を説得するまでには至らず、かえって日本を面白がらせただけだった。 「おやおや、困りましたね。 意地っ張りなところも瓜二つ」 「あんな眉毛と似てないったら、似てないですよ! シー君はイケメンで話のわかるナイス紳士ですよ」 スプーンで相手を指して、びしっと決めたつもりだった。けれど、米粒のついた口では何を言っても格好がつかない。僕の主張に納得する筈の相手は、簡単に揚げ足をとってきた。 「でも、紳士の起源はイギリスさんですよ。 紳士の権化の弟だから、紳士なのですよね」 「あれのどこが紳士なんですか? 紳士ってのは、スーパパみたいなクールガイを言うのであって、あんな裸エプロンでうろうろ歩く奴は変態っていうのですよ! シー君はいつかスーパパみたいなダンディになって、モテモテになってやるです!」 僕の脳裏には、いつも渋く顔をしかめる養父の姿が浮かんでいた。無口で心優しく、でも肝心なときはしっかりとその場を締める養父は、僕のロールモデルだ。酒癖が悪く見栄っ張りで、しかもすぐ泣くような兄と一緒にしないでほしい。しかし、僕の願いは日本には届くわけはなかった。案の定、彼は急須にお湯を入れながら、わざとらしく首をかしげてみせる。 「氏より育ち、ですか。 でも、そうしたらこの眉毛はどうなるのでしょうね。剃っちゃいますか」 「シー君のとイギリスの眉毛は微妙に違うのですよ!あいつのはボサボサで、シー君のはきちんと整っているですよ!」 「毎朝手入れしているのですか?イギリスさんも実はね」 僕が反論するたびに茶の間には彼の笑い声が響いた。卓袱台の脇で骨付き肉をかじっているポチも、飼い主に同調して尻尾でリズムをとる始末だ。 いつも穏やかに微笑している日本は、実はなかなか声を出して笑ったりはしない。でも、本当に楽しいことがあるとコロコロと軽い笑い声をあげる。綺麗な黒目の目じりによった皺は、とてもチャーミングだ。
「お兄さんもとってもキュートな方ですから、お兄さんに似ても素敵な男性になりますよ」 日本は手で口元を押さえて笑う。 白い手は僕の頭を撫で、手をつなぎ、美味しいものを作ってくれる。そして、兄のキスを受ける。凪いだ夜の海みたいな瞳も、優しい声も、皆兄のものだ。日本にとっては、僕は「恋人の弟」でしかない。 だから、日本は『あなたはお兄さんに似ている』とは言っても、『お兄さんはあなたに似ている』とは決して言わないのだ。 『マッタク、アンタハ食ベルコトバカリ考エテイルワネェ』 テレビには国民的アニメが流れている。盆栽みたいな髪型の女性が丸刈りの弟をからかって遊ぶ、平凡な家庭の日常。他人がみたら、この食卓の光景もありふれた家族だんらんに見えるのだろう。
『本当に、そっくり』
この言葉が心臓の奥に突き刺す痛みを、日本が知ることはあるのだろうか。 答えのわかりきった問いを口にするには、僕は成長しすぎていた。 でも、兄から彼を奪うには、僕はまだ幼すぎた。 「イギリスなんて最低ですよ。 シー君のほうが何百倍もハンサムになるのです」 それでも、独立すれば、いつか日本よりも背が高くなれば、もしかしたら。 僕は鼻を鳴らしてカレーをほおばり、来るべき戦いに備えた。 |
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