サディスティック19
2. 7月4日に生まれて
『7月4日は記念日なんです』 電話越しの控えめな誘いにつられて、俺はいそいそと日本の自宅へと向かった。 空は快晴。 ひまわりは満開。 蝉の合唱もにぎやか。 川を渡る風は爽やか。 日本の家に待っているのは、まず大きなケーキ。きっと日本の手作りだ。 それからバースデーソング。日本だけじゃなくて他の皆がいてもいいし、日本だけでも楽しい。 『アメリカさん、お誕生日おめでとうございます』 はにかんだ笑いはきっととても綺麗で、いちばんのバースデープレゼントになるはずだ。 「日本!」 呼び鈴を押す暇も惜しくて引き戸を引くと、そこには磨きぬかれた黒い革靴があった。 「おう、よく来たな」 なんだかイギリスの頬が赤い。 イギリスが俺の誕生日を祝うなんて普通ではありえないけど、もしかしたら日本の『粋な計らい』というやつかもしれない。俺は靴をそろえるのも忘れて、日本の待つ茶の間に向かった。 「いらっしゃいアメリカさん」 綺麗な笑顔の後ろ、卓袱台にはたくさんの皿で埋め尽くされていた。 納豆巻き 納豆の拳骨揚げ 納豆サラダ 納豆汁 イカ納豆 納豆豆腐 納豆スパ 納豆オムレツ 「なんだいこれ?」 「えーとですね」 日本が手を胸の前で組んで頬を染めた。少女のような仕草は良く似合っているけれど、実年齢は何千歳。だまされてはいけない。この姿は疑似餌みたいなものだ。 「今日は納豆記念日なんです」 「はぁ?」 口を閉じることの出来ない俺に、背後からぶっきらぼうな解説が寄せられた。 「俺が、その、107年前、初めて納豆を旨いと言った日なんだ」 「この納豆がいいねと君が言ったから7月4日は納豆記念日、なんですよ」 低音の語尾が弾んでいる。 きらきらと黒髪が輝いて、象牙色した綺麗な顔を照らしている。 「なんで、今頃」 「ああ、春にイギリスさんと水戸へ梅を見に行ったんです。 それで思い出して、記念日にしようねって」 緩やかに弧を描く桜色の唇。 やっぱりだまされてはいけない。妖怪子泣きジジイ。 誕生日をちらつかせて、いちゃいちゃ記念日の大公開ですか。 「……俺、帰るよ」 「アメリカ、お前はまた好き嫌いして! ちゃんと納豆食わなきゃだめだろ。日本がせっかく」 「帰る」 「おや」 いたたまれなくなって、俯いた俺は家主の顔も見ずに家を飛び出した。
空は快晴。日光が容赦なく地上を焦がす。 ひまわりは満開。何がうれしくてこんなに場所取る花を植えたんだか。 蝉の合唱もにぎやか。うるさくてイライラする。 川を渡る風は爽やか。でも気温を下げることまではできない。役立たず。 駅へ向かっている途中で、元兄貴が追いかけてきた。 「待てよ、アメリカ。 ちゃんとお前の、誕生日のケーキも用意してあるぞ」 「愛の納豆記念日のついでだろ」 「同時開催、納豆記念日とお前の誕生日と優劣も上下も無い!」 イギリスは無理やり俺の手をつかみ、ぐいぐいと元来た道を戻っていった。
「もう、アメリカさん。 こんなにたくさん、年寄り二人では食べきれませんよ」 茶の間では、年上の友人が腰に手をあてて説教してきた。 「だいたいね、人の話は最後まで聞くものです」 「……すみません」 俺を見上げてぷんぷんと怒る日本は、かわいかった。 元兄も年上の友人も癖はあるけど、良い友達だ。 感極まった俺は日本とイギリス、そしてポチ君をまとめて抱きしめた。 「ありがとうなんだぞ!」 「ん、まぁ、俺は寛大だからお前の誕生日くらい祝ってやってもいいぞ」 「おやおや、うふふ、誕生日にはしゃいじゃって、アメリカさん。 では、納豆記念日とアメリカさんのお誕生会をはじめましょうね」 納豆嫌いとしては、食卓のものを全て平らげる自信はなかったけど、とりあえず俺を想ってくれた二人のために努力することにした。 それに、いざとなったらケーキでおなかいっぱいにすればいいし。 「はい、バースデーケーキですよ」 薄いコーヒー色のクリームが盛られたシンプルなケーキには、『HAPPY BIRTHDAY アメリカさん』とチョコレートで飾られていた。俺とポチ君のイラストつきだ。 「そうそう、このケーキですね」 バースデーソングの後、日本は切り分けたケーキの断面を指差した。 「納豆使っているんですよ」 スポンジにちりばめられたチョコチップ。 これはもしかしたら、納豆なのだろうか? クリームも、コーヒーの香りはしない。この茶色の原因って、ひょっとして……。 俺の目配せに、イギリスがてれっと目じりを下げた。 「俺が焼いたんだ。うまいはずだぞ」 「私、最近歳のせいか胃腸が弱くて、乳製品がダメなんです。 私の分もご遠慮なくケーキを召し上がってくださいね。バースデーヒーローさん」 |
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