Sadistic Nineteen

 

 

 

3.俺色のマフラー

 

東京に初雪が降った日に、日本がマフラーを編んでくれた。

「アメリカさんはヒーローらしく情熱の赤。

イギリスさんは王子様らしく癒しの緑。

私はどんな服でも合わせやすい黒。

今年はシンプルに無地にしました」

俺達の首にマフラーをかける日本は上機嫌だった。

「ぬくぬくしていますでしょう?これさえしていれば二人とも風邪知らずですよ」

「うん」

小さな手が首に掠めるたびに、俺の体温が急上昇しそうで困った。イギリスは今日も元気にうれし涙を流している。

「夜なべして作ったんですからね、失くしたらダメですよ」

「もちろんだ!命に代えてもマフラーはつけ続けるぞ!」

「風呂でもつけるのかい?裸マフラー、君らしいね」

極太眉毛がおかしなことを喚いて、サザエさんの流れる茶の間には笑い声が溢れた。

 

翌週、俺は中国と会う約束があった。

「見てよ、中国!」

フライトジャケットの上に巻いたマフラーは少し長め。首に一巻きしてもなお腰まで伸びているそれを、俺は中国の目の前にひらひらさせた。

「おお」

年齢にふさわしいしかめ面が珍しくほころぶ。起源の韓国にオタクの日本。困った弟を抱えて悩みが尽きない彼でも、こんな顔をするんだ。

「さすが日本。上手に編めてあるな。

美国良く似合っているアルよ。孫にも衣装アル」

こんな風に他人を手放しで褒める姿を、俺は見たことがない。たぶん、褒めたいのは俺じゃなくて、製作者の腕なんだろうけど。

「馬子にも衣装、マゴニモイショウ」

「ね?マゴニモイショウってなんだい?

アメニモマケズの仲間かい?」

仙人は中国茶をゆっくりとすすり、もったいつけて答えた。

「日本語で『似合っている』の最上級アル。

今度、日本にも言ってあげるとよろし」

その夜、日本の家に帰ると、家主が新しいトレンチコートを着てはしゃいでいた。

イギリスから贈られたオーダーメイドのトレンチコートが今日、出来上がったという。

「俺が見立てたんだ。似合わないわけないよな」

「アメリカさん、私も…少しはハンフリー・ボガードに近づけたでしょうか?

あ、いやですね、私ったら恥ずかしい」

「ぶふっ」

日本の後ろでイギリスがこっそりと噴出した。

ベージュのトレンチコートにすっぽり包まれた姿は、甘くてキュートで、タオルに包まれた風呂上りのポチ君と同じレベルで可愛い。

つまり、苦味とか渋みとか、成熟した男の魅力からは最もかけ離れた顔ということだ。

でも、日本はとてもうれしそう。脳内ではトレンチを着た凛々しい日本が展開されているのかもしれない。背も180センチ越えて、タバコくわえて、隣には美女をはべらしてたりして。

夢を壊すのは、カワイソウすぎる。

だから、俺は精一杯の賛辞を贈って、日本の夢を補強してあげるしかない。

俺は華奢な肩に手をかけて、まじまじと見蕩れるふりをした。

「マゴニモイショウなんだぞ」

「……」

場が凍りつく。

「引きこもります!引きこもってやる!」

いつもどおりに部屋に引きこもった日本を出す為にやむを得ず襖を倒した俺とイギリスは、3時間に渡る説教を喰らうことになった。

 

翌日、俺は早速マフラーをカナダとの二国間会議に着けていった。

「おはよ〜」

半透明のぼやけた輪郭が椅子に腰掛けているのが見えた。会議が終わったら二人で写真を撮って、心霊写真としてどこかの雑誌に投稿して、襖の修理代を稼ごう。

「おはよう、カナダ」

俺はコートだけを脱いで、マフラーをつけたまま椅子に腰掛けた。

「ね、マフラー、いいだろ?」

「……綺麗なロングマフラーだね」

双子の片割れは、手持ちの資料から一瞬だけ目を離してこちらをみた。

「首を絞めるのに具合がよさそう」

「面白い冗談だな、あはは」

俺はマフラーで双子の頬をぺちぺちと叩いた。

「触ってみるんだぞ。すごく手触りいいから。ふかふかだよ」

「これも日本さんの手編みかい?」

自分に似た顔から、ほうっとため息が漏れる。その瞳はしげしげとマフラーの裾を眺めていた。

「うわぁ、アメリカなんかに良くこんなに手間をかけてくれたね」

「暖かそうだろう!日本がくれたんだ。風邪引かないでねって!」

胸をはると、カナダは子どもの頃と同じ無邪気な笑顔を披露した。

「じゃあ、アメリカは今年、風邪引けないね。ああ、でも、アメリカは風邪なんか引かないか、バカだもの」

「なんだい!」

「じゃ、会議しようか。

まずは最初の議題。僕の貸したDVDにつき発生した延滞金の返還。延滞金は一枚一日一ドルで計算したから、1523ドルだよ。

ああ、アメリカは数字が読めないか。

僕が君の口座からお金を引き出すから、カードと暗証番号を教えてよ。

ああ、バカだから暗誦番号覚えていないかな。

じゃあ、君の大事にしている倉庫を丸ごと古道具屋さんに売ろうか。

あ、バカだから掃除もしないで、きっと高価なものも保存状態がダメで売り物にならないだろうな。

それなら労働で返してもらおうかな。

ああ、バカだから何も仕事できないか。

労働もできないとなると、ドアストッパーにでもなってもらうしかないかな。

ああ、メタボだから入り口をふさいじゃうね」

 その日、俺が泣いてDVDを返した後で、カナダはようやくマフラーを褒めてくれた。

「その色、元気な君に良く似合うよ」

 

どこに行くにも、俺はマフラーをつける。

寒い夜道もこれさえあれば暖かい。

優しい手編みの、赤いマフラーはくすんだ冬の道を明るくともしてくれた。

 

カナダとの会議の翌週はロシアとの会談だ。

「うわぁ、僕の真似っこだねぇ」

開口一番、ロシアがスーツの上に巻いたマフラーを指差した。俺は本能的に身構える。

「日本君がくれたの?君、イギリス君へのマフラーを作る前に、練習台に使われたんだねぇ」

こんなときにも勘が鋭い。そんなところが俺は嫌いだった。この会議室に米ロ双方からの警備員がひしめいていなかったら、一発殴りたいくらいだ。

「日本は俺のことも大事な友達だって言ってくれているよ」

「ふぅん。君の空耳じゃない」

「ロシアこそ、日本みたいな優しい友達もいないくせに」

「……いるよ、手下を友達って言えるのならね」

「……日本は手下じゃないし、俺は他国を部下だなんて思わないよ」

空気が張り詰める。

警備員がいても構わないか。

警備員含めてロシア側を全員記憶をなくさせればいい。拳を固め、間合いを計っていたときだった。

「許さない」

背後から殺気を感じた。

咄嗟に身体をずらすと、後ろから突進した女の子が壁に激突した。

「兄さんの真似、許さない許さない許さない許さない許さない」

銀の髪、古風なエプロンドレス、可憐な顔には不釣りあいで狂った瞳には良く似合う短剣。

「うわああああ、やめてぇ」

叫び声をあげたのは俺じゃない。

ロシアだった。

「お前殺す許さないお前殺す許さないお前殺す許さない」

「だめよー!ベラルーシちゃあん!」

ばいんばいんばいん。

ゴム鞠をつくような音がした。

大きな胸を揺らしながら走ってくる金髪美女に警備員たちがどよめく。

「ロシアちゃんはぁ、新しいマフラーが羨ましいだけなのよぉ、ごめんねぇ、お姉ちゃん気がついてあげられなくてぇ」

そして、何故か胸の谷間から取り出した布切れを投げつける。ロシアが受け取ろうとした瞬間、警備員の一人が横からジャンプして空中でマフラーをキャッチした。

「ぬるいぞ!ぬくいぞ!ふがふがふが」奇妙な叫びはアメリカ英語のものだった。「お姉ちゃんのマフラーまたあげるから、それで我慢してねぇ。

お礼は借金をおまけしてくれるだけでいいのよぉ。いい子だから、全額チャラにしてねぇ」

マフラーを奪い合う警備員を踏みつけて、胸の音も高らかにウクライナは退場する。国籍関係なく揉みあっている警備員の山から、ぴょんと布切れが飛び出してロシアの手に着地した。

「……これで借金、ロハにできるのかい?」

「あはははは。そんなことできるわけないじゃない」

「きー!」

先ほどより強い冷気が宙を飛ぶ。

ベラルーシが今度は自分の兄を狙っていた。

ウクライナに骨抜きになった警備員達は我先にと出口へ殺到し、その場には俺とロシア、そしてある種の人間には理想の妹が残った。

「姉さんからのマフラー受け取った!兄さんひどい!許さない許さない!

私のマフラーは巻いてくれないのに!」

「だって、君のマフラーはびっしり髪の毛が編みこまれていて怖いんだもん!」

珍しいロシアの涙目。

でも、可憐な妹は容赦なく兄に斬りつけた。

「兄さん許さない兄さん許さない兄さん許さない兄さん許さない兄さん許さない。

結婚してくれるまで許さない結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚」

「じゃ、アメリカ君!またね。機会改めて」

駆けて行くロシアの足音の合間に、俺は確かに聞いた。

「友達から貰うマフラー、羨ましいな」

ロシア兄弟も警備員もいない会議室に、俺は一人取り残された。

今度、日本にロシアの分も編んでくれるように頼もうか。日本も事情を話せばわかってくれると思う。

一瞬浮かんだアイデアを俺はすぐに撤回した。

編んだ後が果てしなく怖かったからだ。

 

 

ロシアの家の玄関を出ると、痩せた少年が庭をはいていた。

この地の冬は寒い。

ダウンや毛皮でやっとしのげるくらいの寒さだ。俺だって、今日はスキー用のダウンを着てきた。

でも、栗色の髪をした使用人は古ぼけたウールのコートしか着ていなかった。

あの子には見覚えがある。そして、あの子の家の経済状況も、一般知識として知っている。確か、先月の世界会議でもマフラーをしていなかった。会場は北欧だったから、彼はひどく浮いていた。

「ラトビア、寒いのにお掃除偉いんだぞ」

「……しなければ、後で何をされるかわかりませんから」

強張った笑顔。落ち葉が溢れる広大な庭を、一人きりで掃除するのは大変だろう。

「では」

無表情でラトビアが作業に戻る。落ち葉をちりとりに入れる際に、コートと軍服の襟からうなじが見えた。寒さで真っ赤に染まった肌が痛々しい。

なんとなく、終戦の冬の日本を思い出す。

 

 

  荒廃した屋敷はあちこちから隙間風が入って、枕もとの水差しには薄く氷が張る有様だった。熱を出した日本は、それでも頑として家の修理や暖房を拒否した。

『私は大丈夫です。

ちょっとやそっとで死なないことを、あなたもご存知でしょう。

私にかける人手や石炭を、どうか私の国民に使ってください』

イギリスが渡した毛布だけが日本の家に迎え入れられた。

『俺が編んだんだ。捨てたり、他人にやったらお前を殺す』

  物騒な言葉で受け取りを懇願した毛布は今、長持ちに仕舞われて大切に保存されている。花のモチーフを編みこんだ少女趣味な毛布はとても暖かそうだった。

 

 

 

マフラーを人にあげたと知ったら、日本は悲しむか、怒るか。

日本の反応だけが気になったけれど、俺はマフラーを外して、まだ幼い痩せた首に巻きなおした。

「貸してあげるよ」

「困ります、ロシアさんに見つかったら」

「庭で拾ったことにすればいいよ。

それか、上司か誰かに貰ったことにすればいい。無地のマフラーなんて、どこでも売っているしね」

「……」

ラトビアは俯いてしまった。何を思っているかはわからない。マフラーを喜んでいるのか、貧しさを侮辱されたと怒っているのか。

「君は庭でマフラーを拾っただけだ。いいね」

俺はラトビアの反応を待たずに門へと歩き出した。

 

「おや?」

帰った俺の姿を日本とイギリスがいぶかしげに眺めた。

「マフラーをつけていきませんでしたっけ?」

「ああ、あれ、落としちゃった。ごめん」

「そそっかしいなバカ」

「うるさいよ、俺だって落としたくなかったんだよ」

俺は菓子鉢の煎餅を頬張り、顔をテレビへと向けた。

画面には夕方の時代劇再放送。

『ゼニガタヘイジ』とかいうタイトルの、渋い顔をした江戸時代の刑事が投げる小銭で悪党をやっつける、クールな話だ。

「…ラトビア君はお元気でしたか?」

主人公の決め台詞に低音が被った。

「元気だったよ。

皆、寒いけど元気だった。特に女の子たち」

「それは上々」

不意に、首元に柔らかい感触がした。黒いマフラーが巻かれていく。

「このマフラー、君のだろう?」

「アメリカさんが風邪を引いたら看病が面倒ですからね」

柔らかい声が遠ざかっていく。きっと、お湯を沸かしにいったんだ。

黒いマフラーはふわふわで、暖かい。

なんとなく、いいにおいがした。

「ありがとう、日本」

「私は面倒なのが嫌いなだけですよ。歳なんでね」

ぐらぐらと沸騰音。

画面には大捕り物を終えた主人公の爽やかな笑顔。

バックにはお決まりの富士山。

「まったく、日本はアメリカに甘いよなぁ」

意地悪なイギリス。

ポチくんが胡坐をかく俺の膝にのってきた。

明日は日曜だから、街で日本にマフラーを買ってあげよう。

「……ええ、でも、私にはイギリスさんから頂いたマフラーがありますし」

「へ?」

「ま、どうせ俺も編み物したかったんだよ。

いつも貰ってばかりでは紳士の体面に関わるんでな。編んでやっただけだ」

振り返ると、思い切り唇をへの字に曲げたイギリスが深緑のマフラーを見せた。

端には薄紅色の薔薇と白菊のモチーフが交互に編みこまれている。

これを齢2600歳超の年寄りがするのだろうか?

「イギリスさんからのマフラーは是非使いたいですし、元からあったものの処分に困っていたんですよ」

ティーポットを手に日本が台所から入ってきた。

年上の友人の顔にははにかんだ微笑。

「だから気にしないで使って下さいね」

幸福な空気が一気に凍結した。

俺は、イギリスのマフラーのために不要になったマフラーのゴミ箱なのか。

「ひどいや!日本!俺はリサイクルショップじゃないんだぞ」

「三人ともマフラーがあって万々歳じゃないですか。

ね、イギリスさん?」

「日本の言うとおりだ。大事にしろよ」

時代劇のエンディングテーマが茶の間に流れる。わほわほとポチ君が頬ずりをしてきた。

にこにこ笑顔の友人と元兄。

俺以外の全員が幸福だった。

 

その晩、日本は俺の好物であるハンバーガーを作ってくれた。

「今日はいい子でしたね、アメリカさん」

急いで編むから新しい赤いマフラーは翌々日には完成しそうだと知らせてくれた。

でも、夕食までの数時間、俺はポチ君に頬を舐められながらべソを掻く羽目になったのであった。

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