サディスティック19
1.王様ゲーム
玄関の呼び鈴を押しても、家主は出迎えに来なかった。 「日本、遊びに来たんだぞ」 鍵のかかっていない引き戸を開け、声をかけたが返事は無い。 そして玄関には良く磨かれた飴色の革靴。 ……ああ、また来てるのか。 軽い落胆。 でも、日本からしたら、俺のほうが歓迎されざる客だ。あっちは恋人、こっちは……仕事相手? 歓迎しないから無視するのか、イギリスの相手に夢中になっているからかわからないが、日本は出迎えに来ない。だけど、俺も遠慮して自宅に引き返すようなタマではない。 「にほんー」 ずんずんと廊下を進む。 居間から何か人の気配。 「はい、じゃあ今度は私が王様です。 えーと、1番は2番の足を揉みなさい!」 弾んだ声が聞こえる。 なんだ、王様ゲームか。 じゃあ、イギリスのほかにも何人か先客がいるのだろう。 「あー、気持ちいいですね。 ありがとうございます。 ……はい、また私が王様です。 1番は2番にキスしなさい」 「楽しそうなんだぞ!」 勢いをつけて引いた襖の向こうには、日本とイギリスしかいなかった。 ソファーに座った二人は、触れるだけの軽いキスを交わしていた。 「な、な、な、なんだよアメリカ!」 「おや、いらっしゃい」 「えーと、他のお客さんは?」 「お客さんはイギリスさんだけですよ」 「あ、あ、あ、あ、あのな、王様ゲームな、別に、二人だからって王様ゲームをやっちゃいけないって法律はないだろ」 慌てふためくイギリスとは対照的に、日本はいつもどおり落ち着いていた。 「アメリカさん、お風呂に入ったらいかがですか?追い炊きしてあげますから、固ゆで卵作りながら入浴してください」 「固ゆで卵は好きじゃないんだ」 食えない笑顔に腹が立つ。だから、俺はわざと、二人の真正面に腰をおろしてやった。 「俺も参加するぞ!別に未成年が王様ゲームをやったらいけないって法律はないだろ」 イギリスの顔が歪む。でも、その恋人はさっと割り箸を差し出した。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 最初の王様は日本だった。 「えーと、そうですね。 2番は1番から10メートル離れなさい」 俺は1番だった。 「イギリス、君、部屋から出るんだぞ! 俺が1番だもんね」 「ああ、仕方ねぇな」 舌打ちするイギリスは、それでも紳士らしくルールを守って廊下に立った。そして、王様はそんな下僕の姿に満足そうにうなずき、何故かイギリスの後ろをついていった。 「さ、続きやりましょ」 イギリスに寄り添うように廊下に立つ日本が、俺に割り箸を投げつけた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
二番目の王様はイギリスだった。 「そうだな。 2番は、最近経験した中で最も恥ずかしい体験を語りなさい」 イギリスっぽい変態風味な、でも王様ゲームにはありがちな指令だと思う。俺はわくわくして日本を見た。だって俺の割り箸は1番だから。 「最も恥ずかしい経験…そうですね。 この間の世界会議で、結構がんばって演説したんですけど、スラックスの尻に黄土色のものがついていて……。本人だけが気がつかなくて」 耳まで真っ赤になって告白する『2番』は最後まで言い切れずに手で顔を覆った。 もしかして、漏らしちゃったの? 不味いことになっちゃった?ああ、こんなことまで話さなくていいのに、生真面目な性格が裏目に出てる。 「日本、別に恥ずかしくないよ。 体調が悪かったんだろう?誰も気にしてないよ」 「ええ、ええ、でも」 俺は震える肩に手を置いた。 かわいそうに。 日本、君は恥ずかしがりやだから、おなかが痛くなってもトイレに行けなかったんだね。 何て繊細なんだ。お姫様みたいだ。 奥ゆかしくて、そんなところも日本に惹かれる理由だ。 「ね?大丈夫だよ、日本」 それでも、日本は小さく首を振って、辛そうに声を絞り出した。 「…でも、それって、アメリカさんの話なんです」 「へ?」 思わずテキサスがずれる。俯いた日本は上目遣いに俺を伺った。 「……え、と、なにそれ?」 「ええ、お尻を黄色くさせて演説かましたアホってアメリカさんですよ。別にお題は私の恥ずかしい体験に限定されていなかったですし」 繊細で奥ゆかしいはずの日本はしれっと告げた。 3秒ほど思考が停止した後、俺は叫んだ。 「知らないよ! マイガッド! 黄土色? そんなの、俺、スラックスが汚れていたことなんかないよ! 大体、漏らしたら自分でわかるだろうし、もし、万一具合がすごく悪くて自分でも知らないうちに漏らしたとしても、着替えのときにわかるだろ」 「でも、そのスラックス、アメリカさんがお風呂入っている間に私がクリーニングに出しましたから、気がつかなくて当然です」 「なに、俺、そんなので演説したの?みんなの前で?」 この間の会議を慌てて思い出す。 俺は声に強弱をつけ、拳を握り、腕を広げ、会議場の一人ひとりの目を見て熱弁をふるって、あ、あのとき、なんか知らないけど笑いを堪えている不謹慎な連中が何人かいて、日本も確かに震えていた。 「でも、俺、そんな漏らした覚えなんか」 「だって、昼休み、イギリスさんがカレーこぼしたテーブルに、あなたどっかり座ったじゃないですか。テーブルに座ったらいけないって、いつも私があれだけ注意しているのに。 お仕置きのつもりで放置していたら、あなた気がつかなくて演説始めちゃって」 「うわあああああ。ひどいや、日本」 状況を想像して今度は俺が真っ赤になった。バクバク心臓がなって、体中を血液が時速1万キロで掛けめぐる。 ああ、誤解された。 皆に誤解された。 小学生じゃないから皆表立っては何も言わないけど、絶対酒の肴になりまくって、笑いの種になったに違いない。 「言いつけを守らないあなたが悪いんです。 痛い目見たいとバカな子は学習しません。 丁度よかったじゃないですか!」 年寄りはうんうん、と偉そうに腕を組んで、何故か仁王立ちになっていた。 「俺、俺、俺、俺、漏らしたって思われたんだぁ」 「いいじゃないですか、生きている証ですよ。そんなことも千年後には素敵な青春の1ページ、または暗黒歴史ですね」 あはははは、と高笑いが響く。実に嬉しそう。 時代劇で見た悪代官にそっくりだ。 「そうだ、今から皆に電話するから、日本も証言してよ」 「ああ、そんなことしたら、漏らして恥ずかしいから事実をもみ消そうとしていると思われますよ。 あなたヒーローでしょ。 却って皆の記憶を呼び覚ましちゃいますけど、いいのですか。あはははは。 じゃあ、早速お電話しましょう!まずはお喋りなスペインさん!」 「まぁ、もう皆忘れてるぞ。さ、早く次行こうぜ」 イギリスの手から割り箸を取る俺の手は震えていた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
今度は俺が王様だった。 「えーと、1番は2番の嫌いなところを言うこと!」 自分でもひどい命令だと思う。二人の仲を裂くようなことをして、きっと後悔する。 でも、ゲームだし、日本はひどいことをしたし、と自分自身に言い聞かせて二人を見た。 1番を引いているのはイギリスだった。 「日本の嫌いなところ……」 大げさに眉をしかめ、唇を噛む兄の姿に、俺は早くも軽率な行動を後悔した。 「……日本の嫌なところ」 「正直に言ってくださって構いませんよ、たかがゲームじゃないですか」 ふんわりと柔らかい低音で励ましながら、日本がイギリスの肩に手をかけた。 「この機会に改めますから、何なりとおっしゃってください」 「……日本の嫌なところ」 まだ俺の元兄弟は悩んでいる。人生が終わるみたいな悲壮な顔でいられると、自分がまるで中世の御伽噺にでてくるような、村人を戯れに苦しめる残酷な領主様のように思えてくる。 「さ、イギリスさん」 「日本の嫌なところは、」 イギリスが重々しく口を開いた。 「俺以外の人間に優しいところ。 デートしている最中に、アポなしの客を入れるとか」 「……イギリスさん、以後、改めますね」 「……なんだいそれ」 王様の抗議はあっけなく無視され、日本はそっぽを向くイギリスに優しい笑顔を向け続けていた。
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次の王様はイギリスだった。 「1番は2番の肩を揉むこと!」 への字に結んだ元弟の唇に気がついたイギリスは、さっきの発言を大人気のない、非紳士的なものだと認定したようだ。ゲームを真っ当なものに戻そうとしている。 そして、今回は俺が1番だった。 「じゃ、日本、肩揉むよ。 凝っているところいってくれよ」 「よろしくお願いします、アメリカさん」 いそいそと手をかけた日本の肩は、いつもと同じ、少し硬かった。 「なんだい、君結構凝っているね」 「ああ、アメリカ、しっかりほぐしてやれよ」 「ああ、気持ちいいですぅ」 俺の指がリズムを刻むたび、日本が息を漏らした。 「ああっ、入ってくるぅ、そこ、ぐりぐりして、ください。 ああん、らめぇ」 湿った声は、何だか性的なものを想像させる。俺は忠実に命令を実行しているだけだが、イギリスの目が怖かった。 「俺疲れたんだぞ!」 嫉妬に狂ったイギリスは手に負えない。俺はさっさとゲームを投げ出した。
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この回の王様は日本。 「じゃあ、1番は王様とお風呂に入りましょう!」 「それ、王様ゲームじゃないし」 突っ込んだとたん、目に入った自分の割り箸は1番だった。 日本とお風呂。 あんなにあえいでいた日本とお風呂。 こんなサービス滅多にない。というか、世界ひろしといえども、日本とともに入浴したことのない国は女の子達以外では俺とフランスくらいだろう。 『なんか、フランスさんは視線がいやらしくて、アメリカさんは騒々しくて。 シャンプーハットを買ってあげたから、自分一人で髪洗えますよね?』 以前、一緒の入浴を断ったとき、年上の友人はひどいことを言っていた。 「はーい、俺1番だぞ!」 「はぁ?」 柔和な顔が一気に曇った。 目を細め、ブラックホールみたいな目で俺をじろじろと睨んでくる。 なんか、怖い。 「私は2番と言ったんですけど」 「え、うそだ、」 「おい、日本、お前確かに」 俺とイギリスが同時に疑問を投げたけれど、最年長の童顔は引き続き顔をしかめたままでつぶやいた。 「わたしは、2番、と言ったのです」 そして、うろたえるイギリスの袖をつかんでズカズカと部屋を出て行った。 「さ、王様は2番とお風呂に入ります。 ではごきげんよう!」 「ごきげんようって、なんだい、ご飯は、遊びは?」 「ご飯は冷蔵庫のもの適当に食べてください。 私達は風呂に入ってしけこみますので、好きに食べて、適当に漫画でも読んで、暗くならないうちに帰ってください!」 「日本、おい、それじゃアメリカが」 「私はイギリスさんの、私以外に優しくするところが大嫌いです」 「あのさ、でも」 「今日はデートですよ、デート。 昼からしっぽりしたっていいでしょう! あなたも好きなくせに」 「俺だってずっぽりするの大好きだけど、アメリカはどうするんだ」 「ああ、アメリカさんの目の前でしたいんですか?全くコレだから変態は。 お風呂でその根性を鍛えなおしてあげます」 小さな日本が、それなりに大きな恋人をずるずると引きずって廊下を曲がって行った。 取り残され、呆然と手を宙にさまよわせている俺に、優しいポチ君が話しかけてくれた。
「わん」
その脚は、空っぽのエサ皿を叩いておやつの催促をしていた。 |
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