英日←米←海。ホワイトデーもの。

 

 

 バレンタインデーに俺は義理チョコを配りまくることにしている。

イギリス、カナダ、フランス、イタリア、ドイツ、北欧、中国、韓国、ロシアにベラルーシにウクライナ。もう相手は誰だって構わない。 

 所詮は日本にチョコレートを食べさせる為のカモフラージュだ。だって日本は義理チョコしか受け付けないから。

「ありがとうございます。

このチョコレート、大事に食べますね」

 日本は微笑んで、俺の贈り物を毎年受け取ってくれる。

 イギリスに渡すチョコを作った、そのやさしい手で。

 

 

The way to a man's heart

 

 バレンタインのチョコレートの御礼にと、シーランドが昼ごはんを持ってきた。

「日本では314日にバレンタインデーのお礼参りをするらしいですよ」

 本命以外からのお返しなんかちっとも興味はなかったけど、追い返す前にチビは台所へとするりと侵入してしまった。

「さ、アメリカはそこでラズベリー賞受賞の感動作でも観てやがれですよ」

 特撮ヒーローのプリントされたバッグには、切った野菜やチーズ、パンにそれからハンバーグの種を入れた弁当箱があった。

「えーと、強火で油を熱して、と」

 勝手に棚から取り出したフライパンに油を引き、ハンバーグを焼く姿は妙にしっくりきた。

「アメリカ、ぼーっと突っ立っているなら、パンにバターを塗れですよ。

 そのくらいはアメリカでも出来るって、日本が言ってたですよ」

「君、日本に料理習ったのかい?」

「そうなのですよ。

シー君はえらい子なのですよ」

 キッチンに並べられた食材は日本の家で下ごしらえをしたのだろうか。割烹着を着た日本の姿が目に浮かんで、慣れた痛みが一瞬だけ襲ってきた。

「えーと、竹串で刺して肉汁が出なくなれば完成」

 シーランドは鼻をひくひくと動かしながらフライパンを操る。まだ12歳の子供が一丁前にエプロンをつけた姿は少しおかしかった。彼ならば、自分は世界の中心で、それから周りの大人はいつまでも自分の世話を焼いてくれると信じていそうなのに。

「君が料理をするなんて意外だな。

 フィンランドもスウェーデンもいるし、君は料理なんかする必要ないだろ?

 イギリスの家に行くときはフランスでも日本でも呼べばいいしさ」

「おおありですよ」

 バンズに手早く野菜とハンバーグを重ねながら、弟は意味もなく力強く言った。

 マリンブルーの瞳で何十インチも背丈の違う俺をまっすぐに見つめてくる。

 シーランドはもったいぶるように俺の腹を指した。

「好きな子の心をつかむにはまず胃袋からなんですよー。

 日本が教えてくれたです」

「ふぅん」

 こんな子供でも、好きな子がいるんだ。

 こんなに小さい、駄々っこで、失敗しては泣いて周囲を困らせるばかりの弟も、恋をするのか。

「でも、俺は料理上手より、バスケが上手い子のほうがもてると思うんだぞ!」

 シーランドの恋の相手には興味はあった。

 スイスの妹かセーシェルか台湾か。

 ハンガリーとかベルギーとかウクライナとか。

 あ、ベラルーシじゃないといいけれど。あの子だけはパスしてくれ。

 シーランドのお相手が可愛い子か綺麗系かグラマーか、気にはかかるけれど、その子の名前は『武士の情け』で聞かないことにする。

「アメリカは料理上手なのと、バスケとどっちが好きですか?」

「俺は・・・・・・」

 まぶたの裏に浮かぶ彼は、バスケはあまり得意じゃない。でも、一緒にバスケをプレイできたら、きっともっと距離が近くなるのにと、よく思っていた。

「やっぱり、料理上手でバスケも出来る子がいいな」

「ふぅん。

 じゃあ、シー君も両方、プロになってやるですよ」

Yeah! そうだよ、そうこなくっちゃ!

 君ならNBLにも入って、料理の鉄人にも出演できるさ!

 なんたって、君はヒーローの弟だからね」

「おおおお。燃えてきたですよ!」

 シーランドが両手の拳を固め、大きく頷いてみせた。

 小さな恋の物語。

 とてもキュートな光景だぞ。

「どんな可愛い女の子だって君にメロメロさ!」

 俺はふわふわした金髪頭を撫でた。シーランドの眉は少し不満げに寄せられていたけど、きっと子供扱いされていると思っているんだろう。まぁ、実際子供だけどさ。

「さ、俺、すごくおなか減ったんだぞ!

 ハンバーガー!

 ハンバーガー!

 早くその旨いやつ、食べさせてくれよ!」

「そこまで言いやがるなら仕方ないですね」

 いつもの生意気な調子で弟は胸をはり、作りたてのハンバーガーを皿に載せた。

 バンズにトマト、しゃきしゃきレタス、チーズにオニオン、ピクルスたっぷり、そしてジューシーなハンバーグ。シーランド特製ハンバーガーは、イギリスと血がつながっているとは思えないほど旨かった。

「来年は、きっともっと美味しく作りますですよ。

 もうシーランド・バーガーしか食べたくないって、お前をひざまずかせてやるですよ」

 「わお!楽しみにしてるぞ!」

 

 

 

 弟の真意に俺が気づくには、あと数年の歳月が必要だった。

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