薔薇の花咲くこの佳き日』の翌年です

あらすじ: 離婚記念日が辛くてコミケ等でわざとはしゃいでいた菊。でも、朝は一人ぽっち    で過ごしたくない。そこで朝は無理やり8月17日を自分の誕生日と決め、これからは二人で8月17日を過ごすことにしましたとさ。

 

 

 

 

薔薇の花咲くこの佳き日

セカンド・バースデー

 

 

817日は白薔薇が満開になる。

空は快晴。浮かぶ雲はどこまでも白く、その背景はどこまでも深い青。

レースのクロスで覆われたテーブルには沢山のご馳走。

『あなたの好物を、と考えたら作りすぎてしまいました』

恋人がはにかむ。その手には丸いケーキ。バースデーは手作りのショートケーキって、昔から決まっている。そして、その真ん中のチョコレートの板にはこう書いてあった。

Happy Birthday 大好きなアーサーさん』

一月も前から計画していたというプレゼント。

俺が贈ったシャツを着ている恋人。

薔薇の香りは高く、話は尽きない。

誕生日、かくあるべし。

もう、この日は悲しいだけの日じゃない。

断った絆を、俺達はまだ結びなおしたのだから。

 

 

 

 

 

 

 人偏に夢と書いて、儚い。

 漢字 is グレイト。

 現実は見事に夢をうらぎった。

右手にスーパーのレジ袋、左手に特売のトイレット・ペーパー。

817日。

俺はお袋さんになっていた。

玄関開けたらすぐ聞こえる、病人どものうめき声。

『ごほっ、イモウト★マニアックス先生の新刊良いですねぇ』

『ふたなり物がいいなんて君は本当に変態だな、ずりゅ』

『じゃあトモエたん抱き枕返してください!ごほほほ』

腐った会話に、俺は天を仰ぎうな垂れるほかはなかった。

足元で励ましてくれる子犬がいなければ、俺は回れ右して去っていた。

 

 

『もう、この日を一人で過ごしたくないんだ』

817日を誕生日に定めた理由を話したとき、恋人は俺の腕の中で囁いてくれた。

『私は今日が大嫌いでしたが、あなたの誕生日ならば、大好きになれそうです』

彼は、優しく俺の髪を撫でて誕生日の計画を練ってくれた。それから、手作りのバースデーケーキを食べて、おしゃべりをして、街に出かけ、お互いの体温に包まれて眠った。

そんな幸福な一日は、わずか一年前の今日。

今年ときたらどうだ。

恋人の寝室に向かう途中に、俺は先週金曜日からの死の三日間を思い出した。

始発で出発し、猛暑の中を数時間焦げたアスファルトの上でひたすら行列した。その後も午後まで延々と行列。一緒に会場を回れば変則的なデートと言えなくもないけれど、別行動で一人寂しく並んでいるのはみじめだった。おまけに一冊売り切れに遭遇しただけで、菊とアルと髭に回り方が悪かったと怒られた。

そして最終日の夜。

労働の報酬を期待して風呂をあがった俺を待っていたのは茶の間で倒れる恋人と弟。

主が倒れても、テレビからはコスプレDVDの映像が流れていた。

 

 

そして、俺は古き良き日本の伝統・お袋さんになった。

割烹着姿で掃除洗濯買い物看病。

積み上げられたエロ漫画やエロ人形を片付け、定時に寝巻きを着替えさせ、食事時にはレトルトのおかゆと買ってきた惣菜を並べる。

誕生日だというのに、恋人とかわした会話は色気がない。

『本を読まないで大人しく寝ろ!』

『こら、さっきその人形片付けたばかりだろ!』

『熱があるならテレビから離れろ!』

がみがみ。

がみがみ。

がみがみがみがみ。

普段、菊がアルフレッドにするお小言を、俺が菊に対して並べ立てていた。

……まぁ、こんな過ごし方でも、ベッドから出ることも出来ず、81から始まる番号に電話をかけてはとりやめるよりはましなのだろう。

悲しくて苦しくて、菊が寄せてくれる愛情すら疑いかけた一昨年までの今日よりは。

 

 

 

 

「入るぞー」

お袋さんらしく、紳士の礼儀正しさを脱ぎ捨てた俺は断ると同時に部屋に入った。出かける前に片付けたはずの部屋にはまた菓子と本が散らばっている。

「お前達は…!」

「…ごほ、おかえりなさい」

本から目を離さないアルの隣で、菊が面倒そうに顔を上げる。

去年、ケーキを持って駆けつけてくれたあの可憐な妖精とは思えない、モサモサっぷりだ。だが、仕方ない。夫婦生活には波風だって立つ。お互いを尊重し、妥協することが愛を持続させるコツだ。来年の誕生日は、きっと素晴らしい日になるはずだ。そう、今、一緒にいられる幸せを忘れちゃいけない。

俺は冷静に冷静にと自分に言い聞かせ、アルフレッドにはアイスを投げつけ、菊にはスポーツドリンクを手渡した。

「いいか、何度も言うけどな、大人しく寝て、風邪治してから思う存分読めよ」

「はぁい」

守る気がさらさらない社交辞令に、俺は思わずお袋さんらしく額をぺしっと叩いてやった。

「とにかく、俺はこれから洗濯干すけど、二人ともちゃんと寝ろよ。いいな。

あと、菊、鍵はここにおいておく」

「ほーいほーいほーい」

「返事は一回、ハイ!だ」

アルフレッドの甲高い声にお袋として指導し、俺は買い物に行くからと預かった鍵を箪笥の上に載せた。

「あの、アーサーさん」

菊が遠慮がちな声をあげた。

ここまで好き放題して何を遠慮してんだ。じろりと芋ジャージを睨むと、病人その1が箪笥を指差している。

「あの、その鍵、よーく見てくださいね」

「なんだよ?」

何の変哲もないスチールの鍵。キーホルダーはシンプルな金のプレート。

何か文字が彫ってある。

 

From K to A

Aug.17

 

読み上げて俺は立ち尽くした。

「お誕生日おめでとうございます。

今年は、何もして差し上げられなくてごめんなさい」

菊が申し訳なさそうに眉を寄せている。風邪と趣味への暴走でやつれているのに、その顔は清らかに美しい。

「看病ありがとうございます」

俺は無言で細い身体を抱きしめた。

「いいか、5分で洗濯物干してくる。

そうしたらお前が読書しないように見張ってやるからな、覚悟しろ」

「お待ちしております」

 にっこりと笑う菊。

どんな服でも、どんな趣味でも、菊は菊。

俺の大事な本田菊。

「なに、お前のためじゃないんだからな!

早く治させて、週末の借りを返させようとしてるだけだからな」

「…はい」

控えめな返事が愛おしい。

俺は数十年前の誓いを新たにする。

何度離れても、またこの笑顔を腕の中に取り戻す。

そして魂を捧げあう。

現実にはまた引き離しても、魂は永遠に結ばれるんだ。

「今日も最高の誕生日だ」

悲しくて、嬉しい日を愛する人とともに過ごせる喜びが、俺に涙を流させる。

俺は愛しい人に顔を近づけた。

ゆっくりと、菊は瞳を閉じる。花婿のキスを待つ花嫁のように。

 

 

 

「ロリコンじじいは2600歳

変態まゆげも 1000歳越えた

あー どすこい どすこい

青少年は ナイス空気ですたい」            

 

 アルフレッドによるBGMコーラスなんか、俺達の耳に入らなかった。

 

 

 

 

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