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可愛いひと

 

 

 「ああ、イイッ。すごく、気持ちいいです」

 どこからか聞きなれたクイズ番組のナレーションが聞こえる。平和な日曜の昼下がりに、本田菊は快楽をむさぼっていた

   華奢な身体の上には、大柄な若者。節ばった手で背骨に沿って、執拗に背中を撫でている。若者の手のリズムにあわせて、本田は背を弓なりにそらした。

「ねぇ、菊」

アルフレッドは揺らめく黒髪を見つめながら、ため息をついた。

「いつアーサーと別れるの?」

「そんな、別れることなどできませんよ」

本田の吐息が、開け放した窓から庭へもれる。他人に聞かれる可能性も忘れて、本田は夢中になって低音であえぐ。

「だって、あの人には逆らえません」

「・・・君は、脅されているのかい?」

アルフレッドは悲しそうに手を止め、眼鏡の奥の碧眼を細めた。その態度に、本田は眉をしかめた。

「サボらないで、ちゃんとマッサージしてください!

ああ、隙あらば楽しようとして、まったく根気がない。

これだから若い人は」

「もう二時間も揉んでいるんじゃないのさ!」

お腹すいたんだぞ、と若者は腹の音と一緒に叫んだ。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

昨夜、大きな仕事を抱えているにも関わらず、アーサーが本田の屋敷を訪ねてきた。

「ほら、家で栽培しすぎて余っているからやるよ」

赤面した顔を背け、差し出したのは定番の赤い薔薇。

本田はぼんやりと思い出す。

濃すぎず、薄すぎず、でも鮮やかな花色が好きだと、この品種を褒めたのは夏の初め。そのとき、アーサーはこの品種は咲き始めが早く、そろそろ終わりの時期だと教えたのだ。 今は七月だから、アーサーの庭にももう殆ど花が残っていないだろう。なのに、アーサーは無理してどこからか調達してきたのだ。

しかし、この経緯を素直に言えず、せっかく手に入れた花束をぶっきらぼうに差し出す。

『ああ、可愛い』

本田は花束に顔を埋め、にっこりと微笑んだ。

 

 

アーサーが風呂に入っている間、本田は攻略途上のゲームをプレイしていた。集中した本田は、殆ど周りの音が耳に入らない。

「おい、ビールくれ」

頬をつねられるまで、アーサーが風呂から上がったことに気付かなかった。

「ああ、ビールなら冷蔵庫に冷えていますよ」

画面に眼を向けたままの本田は、しばらくすると背中にぬくもりを感じた。

愛犬が甘えて背中にしがみついたかと思い、腕を回して撫でると、そこには固い綿の感触。振り向くと、アーサーが本田の背中に寄りかかり、足を投げ出してビールを飲んでいる。

「正座がつかれたから、寄りかかっただけだ」

太い眉をしかめる姿に、本田は思わず金の髪を撫でたい衝動に駆られた。しかし、あえて実行には移さない。

「私も寄りかかるものが欲しかったのです。アーサーさんの背中、あたたかくて心地よかったです」

「あ、あ、あ、そうか、それなら、よ、かったな」

あからさまに口ごもる恋人の態度には、あえて気がつかないふりをした。

 

 

寝室の中では、彼は一転して暴君と化す。兄の性癖を聞かされたアルフレッドは、何度も本田に別れを勧めた。

「今日は手錠と縄とどちらがいいか?選ばせてやるよ」

尊大な口調で、アーサーは乱暴に本田の浴衣を剥ぐ。乳首を噛まれ、思わず吐息を漏らす本田に、翠瞳を愉快そうにゆがめる。

「こんなに赤くなって強請ってやがる。乳首でまで感じるなんて、おまえはあきれた淫乱だな」

「・・・いやぁ」

本田は顔を赤らめ、否定の言葉を投げるが、その語尾は快楽で震えていた。アーサーが首筋に舌を這わせてきたのだ。

『菊、君の自尊心を俺は尊重したいんだ。あんな性癖を持つ人間とセックスしても、みじめになるだけだろう?』

年下の友人の真摯な言葉が頭をよぎる。彼は若いから、まだ色々なものに夢を抱いているのだろう。たとえば、保護者のような年上の友人に。

「いやなんかじゃないだろう、素直になれよ」

恋人はばら色の唇を吊り上げ、残忍な笑いを見せる。しかし、既に昂ぶっているのは本田でなくて彼のほうだ。

『陳腐極まりないセリフですね』

本田は心中でため息をつく。そして、侮辱的な言葉をなげつけながら、誠心誠意自分を愛撫する男の頭を抱きしめた。本田により沢山の快楽を与えようと、アーサーは彼なりにいつも必死なのだ。

『ああ、なんて可愛いのだろう』

だから、陳腐だなんて笑わないで、お芝居につきあってあげよう。いくらだって、恥らってあえいでみせましょう。大丈夫、エロゲーのまねをしてみるだけです。

「感じてなんか、あぁっ。らめぇ」

 本田は羞恥に顔をあからめ、柳眉を快楽にゆがめた(ふりをした)。

 

 

 行為の後、本田の身体を清めるのはアーサーの役目だった。

 「菊、かわいいな、俺の菊」

極度の接触の後のせいか、風呂場のアーサーはとても素直だ。本田を抱え、先ほどまで思う存分味わった身体に泡を塗りながら、彼はうっとりと囁く。自分でつけた跡をそっと撫で、濡れた髪を梳く。愛撫のような所作を繰り返すうちにアーサーの熱が高まり、せっかく清めた恋人をまた汚してしまうことも多かった。

 『ああ、実に可愛らしい』

本田は接吻を受けながら、アーサーの首に腕を回す。息を荒くする彼に、本田は自分からしがみついてあげた。

 

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 「・・・という、わけなのですよ。

あの方はツンデレるわ、百戦錬磨を演じるわ、デレデレだわで、可愛くて大変なのです。まぁ、少しくらいの腰痛は許してあげましょう」

本田は腰を揉ませながら、えぐい話を淡々と続けた。

アルフレッドは、兄と年上の友人の知りたくもない話を聞かされ、おまけに貴重な休日の二時間の労働が兄と友人の行き過ぎたお遊びの後始末であるとわかり、盛大に天を仰いだ。

 「やっぱ、君達、お似合いだよ」

 

                                ⇒可愛くない人」(アル視点、朝菊←アル)

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