「日本!これ見つけたよ!」

 卒業式後、家には帰らずに校門で溜まっている卒業生の群れに見慣れた黒髪を見つけて手を振った。

「屋上にあったんだ。

ドアのすぐ下に転がってたんだよ」

「アメリカさん」

 日本はいつものように軽く頭を下げた。

 足元に置かれた大きな旅行鞄が、彼との別離を実感させる。

 もう、会えない。

「ほら、さっさと渡さないとイギリスが来るよ」

 最後にせめて、彼の体温を感じよう。

 俺はボタンを握り締め、小さな手をとろうとした。

「・・・・・・アメリカさん」

 黒水晶が俺を見上げる。

 はじめてみた時からずっと惹かれていた瞳に、俺が映っていた。

 泣きそうな、間抜け面の俺が。

 なのに、日本は寂しそうに笑ったのだ。

「そのボタン、そのまま持っていてくださいね」

「えっ」

 彼の手をとる前に俺は止まった。

 鼓動がうるさい。

「どういうこと?」

「あなたは暗い部屋に隠れていた私には、あまりに眩しすぎました」

「それって、」

「迎えが来たぞ、日本」

 馴染みのあるテノールが割り込んできた。

 臨終の床で遺言を残そうとする病人のように俺は声を振り絞った。

「日本、俺は君が好きな」

「さようならアメリカさん」

 低音が俺を遮った。

 綺麗な綺麗な笑顔が俺だけに向けられる。

 そして、ゆっくりと背を向け、イギリスの待つハイヤーに吸い込まれていった。

 

 

 見慣れた黒い頭が遠ざかっていく。

 車はすぐにスピードを上げ、商店街の角を曲がっていった。

 

 

 もう、俺の視界のどこにも、日本の姿はなかった。

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