春眠暁を覚えず。

そして真昼間から睡魔が来たりて笛を吹く。

 

 

春の猫はつがいで眠る

 

 

 イギリスさんがいらっしゃるというのに、まぶたがトロトロと下がっていく。

 しなきゃいけないことは沢山あるのに。

 睡魔に負けてしまった私は約束の30分前まで、と自分に言い聞かせて茶の間に寝転がった。

 暑くもなく寒くもない日差しは穏やかで、遠く聞こえる小鳥のさえずりもうららかで、窓越しに見える雲はゆったりと流れて、まさに絶好の昼寝日和。

 はしたないとは思うけれど、座布団を折って枕を作り、毛布を肩までかけて横になるのが春の昼寝の流儀だと信じている。ポチ君も賛成してくれているのだろうか、枕元で身体を大の字に腹ばいにしていた。

「おい、日本」

 うつらうつら夢と現実の境目で遊んでいると、困ったようなバリトンが聞こえた。

「そんなところで寝ていると風邪を引くぞ」

「イギリスさん」

 見上げれば、新緑の中に麦色の髪がフワフワと浮かんでいる。

 ベージュのツィードのジャケットが良く似合う彼は、縁側から家に入ってきた。お迎えしないと。

「イギリスさん、いらっしゃい」

 でも、睡魔に囚われた私は起き上がることも出来なかった。出来ることといったら、毛布を摘んで手招きすることくらい。

「一緒にお昼寝しましょうよ」

「……昼間から怠惰だな」

 悪態を吐きながらも、暖かい塊が毛布に忍び込んできた。寄せられた胸からは、ほのかにコロンと汗のにおい。きっと、飛行機を降りて、すぐに都心行き特急のホームまで走ったのだろう。そして彼は、約束通りの時間にここにいる。

「ああ、駅から来る途中、面白いものを見た」

 再び眠りのふちでステップを踏み出した私の額に、彼の息がかかる。

 甘い息。

 熱い息。

 彼が生きている証。

「どこかの家の玄関先で、何匹も猫がくっついて寝ているんだ。背中や腹をくっつけあって、ひと塊になって抱き合って寝ていた」

「猫ちゃんたちも日向ぼっこしていたのですね」

 私より少し太い指が前髪を梳く。私はうっとりと彼の顎の下に顔を収めた。

「ああ。すごく暖かそうだった。花も咲いていたな」

「猫ちゃんたちも、仲良し同士でのんびりお昼寝しているんですね」

「俺たちみたいに?」

 肯定を声には出さず、顔を擦り付ける動作で示した。頭を撫でる手が気持ちよくて、また眠たくなる。

「猫から見たら、俺たちも同じことしているように見えるかな?」

「んー」

 悪戯心が起きて顔を上げれば、端整な顔が真っ赤に染まった。

「だから、その、な、昼間から寝ているろくでなしというか、高等遊民というか、な」

 慌てふためく翡翠は大きく開かれて、昼寝の場にはふさわしくない。

 ああ、春の時間に戻してさしあげないと。

「私達も猫ちゃんたちから見たら同じですよ。つがいで仲良く日向ぼっこしましょ。イギにゃんさん」

 そして、少し恥ずかしいけれど、私は思い切って付け加えた。

「にゃあ」

 その途端。

 不意に、頭を彼の胸に押し付けられた。彼の心臓の高鳴りが私の耳にまで届く。

 それから、かすかなバリトン。

miaow」

「にゃん」

 脚を寄せて囁くと、頭の上から少しだけ強張った鳴き声が響いてくる。

miaow」

「にゃお」

mew」

「ごろごろ」

purr  purr」

「ふにゃん」

「mewl」

 背中に回される腕は暖かく優しい。大好きな体温。

「イギニャンさん、ひっついているとポカポカですね」

meow」

 やがて、規則正しい寝息が聞こえてきた。

彼はいつも私より先に寝て、後で起きる。私が眠るのを見届けたいとは思っているらしいけど、なかなか上手くいかないとぼやいていた。でも、そんな小さな隙が私には嬉しい。

二枚舌で警戒心の強い大英帝国猫様が寝顔を見せるなんて、きっと私にだけだ。

かわいいかわいい、私の猫さん。

「おやすみなさい、イギニャンさん」

「……mew。おやすみにゃ……。俺の、日本猫」

「にゃーん」

 起きたら猫二匹で手を繋いで魚屋に行こう。

 大きな鯛を買って、蒸し焼きにして分け合って食べよう。

 日本猫の大好物をきっとイギにゃんさんも気に入ってくれるはず。

 それから河原を散歩。春風の運ぶ匂いを追いかけて、遅咲きの桜を見つける。花びらが散らないように、注意深く二匹でじゃれ付く。公用地の樹だったら、勝手に猫夫婦の所有物にしてしまおう。マーキングは頬ずりで。

 そうして帰ったらお風呂で毛づくろいをしあって、また寄りそって眠る。猫は寝る子だから、1日16時間は寝ないと。

 そんなことをぐるぐると考えながら、私は夢の中に引き込まれていった。

→蛇足

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