「そろそろ、失礼しますね。他の場所も撮らないといけません」

 振り向いた日本は軽く頭を下げ、ジャケットに腕を通した。

 ボタンの喪失には気がつかないらしい。

「では、また卒業式で」

 クラスの違う俺達が次に顔を合わせるのは卒業式、その次はわからない。

「日本、俺も付き合うぞ」

「いいえ、アメリカさんはどうぞ、アメリカさんのやり方でこの学校とお別れしてください」

 影は振り返らなかった。

 扉は閉じられ、俺は一人になる。

 日本はもしかしたらポラロイドを抱えたイギリスと落ち合って、二人で校舎を撮影して歩くのかもしれないな、とぼんやりと思った。

 手持ち無沙汰になった俺は、暇つぶしに携帯をいじることにした。

「アメリカさん!」

 ふいに、低音が響いた。

 ドアのところで日本が肩で息をしてこちらに向かって叫んでいる。

「あの、あの、」

「なんだい?」

 彼は一息おいて、思いつめたように俺をまっすぐに見つめた。

「私のジャケットのボタン、見ませんでしたか?」

「え?」

 俺はこわばった顔を見られていないように願いながら、抑揚を控えて尋ねた。

「君、どこかに落としたのかい?」

「ええ」

 日本は目で屋上の床を探っていた。

「家庭科室に行けば替えのボタンがあるんじゃない?」

「まぁ、そうですが。

 ・・・・・・第二ボタンは、今日つけたばかりのものというわけにはいかないでしょう?」

「君、イギリスとボタン交換する約束でもしてるの?」

「いいえ、そういうわけではないのですが・・・・・・」

 濁った言葉は、きっと俺の推測が正しいからだ。

「では、また」

 一通り屋上をチェックして、年上の友人は先ほどと同じように頭を下げた。あちらを向いた華奢な身体がドアを開く。

 ポケットの中でボタンが揺れた。

 最後の思い出を作れ、と囁いていた。

「日本」

 

 俺の声に、黒髪がゆっくりと振り向いてきた。

 

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