校内には、俺の思い出があちこちに散らばっていた。

 校庭。

 昼休みに俺達はよく野球をした。日本に遊び方を教えたら、いつの間にかピッチャーになっていた。結構腕のいいピッチャーに成長した日本。彼からホームランをゲットしたのは俺くらいだったと思う。

 図書館。

 俺の居眠りスペース。

 俺が寝ている横でイギリスは詩を日本に読み上げていた。あんなのがいいなんて日本は物好きだ。

 大教室。

 違うクラスだったけれど、合同授業のときはいつも日本の近くに座った。細い神経質な字で埋められたノートを取り上げてコピーしようとして、いつも何時間も説教された。

 そこかしこに、日本に恋をした思い出が転がっていた。

 俺の視界の中に、いつも日本がいた。

 それも今日で最後。

 

 最後は食堂のある別棟だった。

「君は食い意地が張っているからね、ここにはすごく思い入れがあるだろうね」

「ええ、アメリカさんが毎日ハンバーガーばっかり食べているから、心配になって小鉢を無理やり食べさせた思い出とかですね」

「あれはひどいよ、納豆なんて反則だよ」

 誰もいない食堂。

 でも、俺の目はいつもの昼休みの光景を映していた。

 聞こえるのも雨樋に止まったスズメの鳴き声ではなくて、騒々しいおしゃべり。

 学生で埋め尽くされた食堂。

 俺達の指定席はレジから5列目の窓際のテーブル。

 イギリスと日本はよく弁当を持ってきて、おにぎりとサンドイッチを交換していた。それで、二人とも俺に無理やり野菜を食べさせようとしていた。

「納豆くらい食べてくださいな。何事も体験ですよ」

 俺達は校舎内を歩きながらとりとめもなく昔話をした。

 でも、もう魔法は解けようとしている。

 遠くから学生たちの騒ぎ声が聞こえる。時計の針はもう8時を過ぎようとしていた。

「そろそろ教室に行かなくてはいけませんね。

 ボタンは諦めましょう」

 日本は短すぎるデートのお開きを宣言し、小さく謝った。

「ごめんなさい」

「何で謝るんだい?」

「こんな日にお時間をとって申し訳ございませんでした」

「俺は楽しかったよ」

 君と二人で過ごせて。

 そんなこと、言えるわけはない。

「でもさ、君達も本当にキモイね。

 結婚してからも第二ボタン交換?

 トゥーマッチ。べた過ぎ。どうかしてるよ」

 飛び出した軽口に、相手は軽く首を振った。

「このボタンを渡したいのは、イギリスさんじゃありません」

「じゃあ誰?誰かに頼まれたの?」

「いいえ」

 真っ黒な瞳が俺を見上げてきた。

「私の初恋のひとです」

 息を呑んだ俺は、フラッシュの光に襲われる。

「こんな顔するアメリカさん、滅多にないサービスですね」

  

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